真赭の薄達に声の届かない渡殿まで出て、白珠は足を止めた。

「白珠さま、あの、声をかけて頂き、助かりました。ありがとうございます」

「礼など結構です。別に、あなたを助けようと思ったわけではありませんから」

 こちらに背を向けたまま、白珠はすげなく言った。それから、ちょっと考えた様子を見せると、でも、そうですね、と呟いた。

「別に、それを恩に着せて言うわけではありませんが、ひとつ、お願いがございます」

 女房には遠慮してもらえますでしょうか、と振り向かれ、あせびの背後に控えていたうこぎが、露骨に嫌な顔になった。

「うこぎ?」

「……分かりました。しばらく席を外します」

 どことなくつっけんどんにお辞儀をし、白珠の横を抜けて、うこぎはその場から離れて行った。白珠は、自分の女房が離れた所にいるのを確かめ、あせびへと顔を向けた。

「あなたに、入内は諦めて頂きたいのです」

「え?」

 あせびは目を丸くした。

 いくらなんでも、登殿して来た翌日に、他家の姫に言われるようなことではないと思う。本気で言っているのなら、随分自分勝手なお願いだ。一瞬冗談かとも思ったが、そう言った白珠の目は、怖いくらいに真剣だった。

「唐突に何を、とお思いでしょうが、あなたとあたくしでは、そもそもの立場が違います。話を聞く限り、あなたのおうちは、今回の登殿に乗り気ではないように思います」

 それは、あなたが一番実感しておられるはずですと、早口に白珠は囁いた。

「何の準備もないまま、こんな所に放り込まれて、一番戸惑ったのはあなたではございませんか。あたくしには、東家が、あなたが入内することに期待しているとは思えないのです。東家とは違い、北家は今回の登殿に命運をかけております。それこそ、あたくしの生まれる何代も前から準備を重ねて来たのに、あなたとあたくしが同じ心構えでいるなんて、まさか仰せにならないでしょう?」

 ぱっと頭をよぎったのは、東家であせびの登殿を祝ってくれた下男達と、夕べのうこぎの顔である。だが、私だって期待されているなどと、間違っても言えるはずが無い。

2024.04.10(水)