「私は……」

「あなたが入内しなくても、東領の者は許して下さるでしょう。でも、あたくしはそうはいかないのです。だからお願いです。今回の入内は、どうか諦めて下さいませ」

 返答に困って息を詰まらせたその時、白珠の背後に、人影が現れてハッとなった。

「――随分と勝手なことを申すものよ、冬殿の」

 怒気を隠さないその声は、あせびにとって慕わしい、藤波の宮のものだった。わずかに驚いた顔になった白珠はしかし、藤波に相対した時には、動揺の欠片もその顔に上らせてはいなかった。

「ほんの戯れでございます、藤波さま」

「わたくしには、そうは聞こえなかったが」

 紫の細長を捌き、ぐっと藤波は白珠に肉薄した。

「言っておこう。そなたにとって戯れであろうが、春殿の御方がそれを本気にしたら、笑いごとでは済まされぬ。もしそうなった場合、東領はおろか、わたくしもそなたの敵になるということを忘れるでないぞ」

 それには返答せずに、感情を窺わせない笑顔を顔に張り付けたまま、白珠は優雅に会釈をした。老婆を従えて、しかしどことなく足早に秋殿の中へ帰って行く冬殿の一行を見送った途端、藤波の顔から力が抜けた。

「……ああ、もう。驚かせないでください、おねえさま!」

 肝が冷えました、と頬に手をあてがう藤波に、あせびはぽかんとした。まるで話の流れが見えていないあせびに、苦笑しつつも肩を叩いた者があった。

「私が、藤波さまをお呼びしたのです」

「うこぎが?」

 人払いを、と言われてすぐに、急いで藤波のもとに向かったのだという。四家の姫同士の密談に割って入ることが出来るのは、確かに藤波くらいしかいない。

「ちょうど、わたくしもおねえさまの所に行こうとしていたところでしたので、幸運でした。ここでうかつな返事をして、後々問題になったら、ことでしたもの」

「まったく、その通りです。あせびさまも、うかつに私を遠ざけたりなさらないで下さい。まさかもう既に、応と答えてしまったなどと言わないでしょうね?」

2024.04.10(水)