そのようなことを、冬殿の女房に教えられ、初めてあせびは知ったのだった。

「まさか、雛の祭りも知らないだなんて」

 まだ笑いの収まらない女房らの中で、困惑したように言う者もいた。

「本当に、東家のご息女でいらっしゃるの?」

「雛を作っても頂けないだなんて」

「お父上に嫌われていたのではなくて?」

 あせびを庇おうとしたつもりなのか、真赭の薄は半笑いになって言った。

「まあ、あせびの君には、この素朴な感じが逆によく似合っているかもしれませんわ。宮烏には粗末な物でも、田舎から出て来た方にとっては、上等過ぎるくらいですもの。ねえ?」

 おほほほほほ、と甲高い女達の笑いがこだまする。

 きらびやかに着飾った雛の隣にある、自分で作った人形が、妙にみじめに見えた。

 心無い一言一言が、深く胸をえぐるような心地がする。このままでは泣いてしまいそうだ、と顔を俯けた時、不意にかちゃん、と、何かが割れる音が響いた。

「これは失礼いたしました」

 澄ました顔で言ったのは、白珠である。見れば、白珠の手元で茶器が割れてしまっていた。どうやら、火鉢にぶつけたらしい。

「真赭の薄さまお気に入りの、青鷺印の茶器が!」

「これ!」

 悲鳴を上げた菊野を咎めるように睨んでから、真赭の薄はひきつった笑いを浮かべた。

「割れてしまったものは仕方がありませんわ。どうぞお気になさらないで」

「真赭の薄さまなら、そう仰って下さると思っておりました」

 にこりと邪気のない笑みを浮かべ、白珠は音を立てずに立ち上がった。

「少し、空気が淀んでいるようです。外に出て参ります」

 自分の女房に割れた容器を片付けるように命令してから、白珠はあせびを見た。

「あせびの君もご一緒にいかがです?」

「あ……」

 気を遣ってくれたのだ。

 まさか、茶器を割ったのはわざとではないだろうが、今さっきの雰囲気を変えてくれたのは間違いない。あせびは返答をするのももどかしく、白珠の後を追って外に出た。

2024.04.10(水)