「ご挨拶が遅れてしまいましたわね。あなたとは、仲良く出来たら嬉しく思いますわ」
以後よしなに、と笑われて、あせびはその微笑みに頭が沸騰したような心持ちになった。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。何分世間知らずですので、ご迷惑をおかけすると思うのですが」
しどろもどろの言葉にも、真赭の薄は嬉しそうに頷いた。
「やっぱり、思ったとおり、なんて可愛らしいのかしら。わたくし、美しいもの、綺麗なものは、みんな好ましいと思っていてよ」
はあ、と曖昧に答えて、あせびは困って視線をうろつかせた。だが、そんな様子には目もくれず、真赭の薄は柳眉を逆立てた。
「それにしても、あの南家の男まさりときたら、一体なんなのかしら。ちっとも可愛らしくないと思いませんこと? 外見は言うまでもありませんけど、性格もあんなでは、絶対入内なんか無理に決まっていますわ」
それから一拍置いて、おほほほほ、と高笑いした。
「ま、浜木綿がたとえどんな女であろうと、入内するのはこのわたくしだから、関係はないのだけれど!」
ねえ、白珠、と名を呼ばれて、そうですわね、と気の無い声が返って来た。そこで初めてあせびは、真赭の薄の陰に隠れていた、北家の姫君に気が付いた。
「白珠さま」
驚いてうっかり声を大きくすれば、迷惑そうに眉をひそめて、扇で顔を覆ってしまった。そんな白珠を笑い、真赭の薄は頬に手をあてた。
「白珠は恥ずかしがりなのですわ。だからせっかくの正装なのに、こんな地味なのを選んでしまったのね。もとはそんなに悪くないのに、野暮ったいったらありませんわ。わたくしの衣装を分けてさし上げるから、一度着てみなさいな」
きっと、見違えるようになりますわと言い切った彼女の装いは、確かに洒落ていた。金糸で蝶と花の縫い取りがなされた唐衣は美々しく、蘇芳を薄様に重ね着したその姿は、まるで牡丹がそのまま人の姿になったかのような艶やかさだ。宝冠の飾りはさらさらと音を立て、目にも耳にも涼しげである。
2024.04.10(水)