でも、と、あせびは思う。
でも、この衣装は、きっと白珠には似合わない。
例えば、浜木綿が先ほど着ていたのは、花菖蒲のような、鮮やかな瑠璃紺に、金の流水文様が入った唐衣だった。初めて見るような大胆な柄だったが、それを着こなしている浜木綿に、あれはよく似合っていたのだと思う。本人も分かってやっていたのだろう。己だってこの日のために、自分の身の丈に合った衣装を選んできた。紅の匂は少し華やか過ぎて子供っぽいかとも思ったが、自分の髪の色はやや薄いから、ちょうどいいと思ってこれに決めた。白珠の着物だって、自分と同じように悩んで決めたに違いないのに。
てっきり断るかと思ったあせびの予想に反して、白珠は大人しく、恐縮でございますわ、と返事をしただけだった。一瞬違和感を覚えたあせびだったが、真赭の薄の明るい声に、その感覚ははっきりとした形をとる前に霧消してしまった。
「わたくしとしたことが、うっかり本題を忘れるところでした。実はあなたに、ご挨拶の品があって参りましたのよ」
菊野、お出しして、と気取った声に応えて、先ほど浜木綿に下っ端呼ばわりされた女房が進み出た。その手に捧げ持っているのは、真赭の薄の衣と同じ、赤い絹である。
「我が領の名立たる匠達が丹精こめて仕上げた、蘇芳の絹でございます。蘇芳色は、西領にて千年の齢を経た古椿の精にのみ、染め上げることの許された貴重な色でございます。今回は特別に、絡新婦の糸で縫い取りもさせました。ご覧くださいませ、この桜模様のすばらしいこと!」
たしかに、銀の刺繍が文句なしに美しい芸術品である。
「つまらない物だけれど、どうぞお納めになって」
「こ、これをでございますか?」
真赭の薄の言葉に素っ頓狂な声を上げたのは、あせびではなくうこぎであった。
他に何があって? と真赭の薄は笑う。うこぎは主に代わって、差し出された品をおっかなびっくり受け取ったはいいが、掲げ持った姿勢のまま動けなくなってしまっていた。
2024.04.10(水)