「そ、そんな、気に入らないなどと、恐れ多い。もったいのうございます」

「では、決まりだな、あせびの君。春の殿をよろしく頼もうか」

 あせびの君――それがここでの、二の姫の名前となった。

 信じられない幸運に呆然となりながら、あせびは女房から、台の上に載せられた鍵を受け取った。受け取った瞬間、高雅な香りがにわかに強く匂い立ち、あせびは御簾の向こうに思いを馳せたのだった。

「おねえさま」

 挨拶の儀を終え、ひとまず本殿から退出したあせびは、軽やかな声に振り返った。

「まあ、藤波さま! お元気そうで何よりですわ」

「おねえさまも。ここでお会い出来るなんて、思いもしませんでした」

 お付きの者を置いて、藤波が嬉しそうにこちらに寄って来た。藤波の宮は、まだ十二を数えたばかり。あどけない顔に似合わない濃紫の汗衫を着ており、やわらかそうな髪を、赤い紐で花結びにくくっている。

 一方、藤波の方もあせびをまじまじと見つめ、ほう、とため息をついた。

「でも、本当にお会い出来て嬉しいです。昔から、大きくなったら美人になると噂されていましたけれど、なんてお綺麗になったのかしら……」

「私が?」

 あせびは、苦笑気味に首を振った。

「ありがとう。でも、一番みすぼらしいのは自分だって、分かっているからいいのよ?」

 桜花宮にやって来てから、つくづく圧倒されることしきりなのだ。ところが、藤波は怒ったように口を尖らせた。

「お世辞じゃありません。そりゃ、他のお三方もお綺麗でしたけど」

 言いながら、先ほどの様子を思い出したのだろう。うっとりと目をつぶり、熱に浮かされたように藤波は囁いた。

「板ばりの床に、こう、彩衣が広がるんです。花の衣は香らんばかり……それはもう、四季を司る女神さま達が、一時に舞い降りたかのようでした」

 いたずらっぽく笑い、でも、一番お綺麗なのはおねえさまでした、と続けた。

「ああ。おねえさまが、本当に私のおねえさまになられたらいいのに」

2024.04.10(水)