「西の家当主が一の娘、真赭の薄でございますわ。お会い出来ましたこと嬉しく存じます」
大紫の御前はむっつりと押し黙り、秋の殿を頼む、とだけ言い返した。
「北の家の姫」
「はい」
緊張しているのか、見た目に違わぬ大人しげな声で、北家の姫は返事をした。
「北の家当主が三の娘、白珠と申します」
白珠か、と呟き、さして言うこともないように、冬の殿を頼む、と大紫の御前は言った。
「東の家の姫」
「は、はい」
さあ、いよいよ自分の番である。二の姫は声が震えないよう気をつけながら、なるべく聞きやすい声で喋るよう心がけた。
「東の家当主が二の娘でございます。お目にかかれて光栄です」
じっとこちらを見つめるような沈黙があって、二の姫はぎょっとした。
また何か無礼をしたのだろうかと自分の言ったことを反芻し、問題ないと再度確認する。だが、大紫の御前は何も言わない。
「あの……?」
たまらなくなっておそるおそる声を上げると、そなた、と、ようやく御簾から声がした。
「仮名は無いのかえ? 東の二の姫とはまた、随分と味気ない。双葉とかいった名を聞いた覚えがあるが」
仮名は、真名に代わって普段使われる呼び名である。真名の方は婚姻の際、夫にだけ教えるのが普通だから、宮仕えするには、絶対に必要になってくる。『双葉』は登殿までの期間が長かったので世間が勝手に付けた仮名だが、別邸でひっそり育った二の姫はそうはいかなかった。
「あの、双葉は私の姉で――急な病で、妹の私が」
ああ、もうよい、とそっけなく言われて、二の姫は、上手く喋れない自分に赤面した。しかし大紫の御前は大して気にした風もなく、では、と手を打った。
「『あせび』ではどうだ。東の家の栄達を願って」
あちこちから、あら、とか、まあ、とか言う声がし、ついで囁きがあたりを席巻した。
「どうだ。気に入らないかえ?」
何を言われたか分からず、ぽかんとなった二の姫は、すぐに、自分の仮名を付けてくれたのだと気付き、小さく飛び上がった。
2024.04.10(水)