そうしたらどんなにかすてきでしょう、と顔をほころばせ、それからふと顔を曇らせ、今度はあせびの顔色を窺うように、上目遣いになった。
「あの、先ほどはひどいことをしました。大紫の御前は、機嫌がよろしくなかったようで」
何を言っているのかと、あせびは首を傾げた。
「大紫の御前は、よくして下さったではないの。名前まで頂いて。あせびですって。なんて良い名をもらえたのかしら」
「はい?」
藤波はそれを聞き、ぽかんと口を開けた。退出してからだんまりを決め込んでいたうこぎが、ぎょっと身を竦ませるのが分かった。どこか、様子が変だ。かたい面持ちの二人に戸惑ったあせびの背に、豪快な笑い声がぶつかって来た。
「あせびの名をもらって喜ぶなんて、あんたもつくづく田舎もんだねえ」
驚いて振り返ったあせびの目に飛び込んできたのは、女にしては珍しい程の長身だった。
「夏殿の、浜木綿さま?」
「浜木綿でいいよ。ま、あんたもアタシと同じ派閥だからね。よろしく頼むよ」
浜木綿は、くっくっ、と喉の奥で笑いながら、臆面なくあせびの目の前に立った。
「あせびはね、馬の酔う木、と書くんだよ。なんでか分かるかい?」
あせびは目を丸くし、分かりません、と答えた。
「あの花は、毒を持っているからね。マヌケな馬が口にして、あっという間に酔っぱらっちまうのさ。大紫の御前は、見事に若宮殿下をこき下ろしてくれたわけだ」
言っている意味が分からず、あせびはおろおろと視線を彷徨わせた。隣では藤波が、ムッと顔をしかめている。
「言いたいことがあるなら、はっきりしたらいかがか」
浜木綿に向かい合った藤波は、態度も口調も一変していた。
「おや、姫宮殿下。大好きな兄上を侮辱されて、悔しいと見えるね」
からかうように言われた言葉に、さっと顔色を失くした藤波である。
「夏殿の君。言っていいことと、悪いことがあろう!」
「あんたがアタシに腹を立てるのは筋違いだ。うさを晴らしたいだけなら、他を当たりな」
2024.04.10(水)