動物にも人にも優しい酪農を続けるチーズ工房

 続いて向かったのは、三次(みよし)市の「三良坂フロマージュ」。山で家畜を自然放牧する「山地酪農(やまちらくのう)」というスタイルで牛や山羊を育て、そのミルクを活用して主にチーズ作りを行っている工房です。

 この地に生まれ、大阪で育った松原正典さんが酪農を志すようになったのは、広島の農業短期大学に通っていたころ。卒業後、アメリカ、オーストラリアで酪農について学ぶも、大規模で機械的な近代酪農に疑問を抱き、家畜に優しく、日本の資源を有効に活用できる酪農はないかと考えるようになったといいます。

 そしてたどり着いたのが、日本独自の放牧酪農である「山地酪農」でした。

 なだらかな山に放牧された家畜たちは、草や葉、木の実を食べ、自然に近い形で暮らしています。山の恵みをたっぷりもらって栄養豊富なミルクを出し、家畜たちの糞が今度は大地の栄養になる。山地酪農は、そんなサスティナブルな循環型酪農なのです。

 日本に戻った松原さんは、まず山のことを知ろうと2年間林業に従事。さらにフランスに渡ってチーズ作りを学び、2004年、ついに「三良坂フロマージュ」をオープン。

 徐々に山を手に入れて独力で開墾を進め、今では9ヘクタールの山に8頭の牛と30頭ほどの山羊を放牧しています。海外産の飼料に依存しないフードマイレージゼロの酪農が松原さんの理想です。

 「およそ1ヘクタールに牛1頭。この頭数から搾れるミルクの量は限られますが、今すぐに増やすつもりはありません。牛にストレスを与えたくないし、自分も背伸びせず、地に足を着けてストレスがないチーズ作りをすることが大切だと思っています」と松原さん。

 松原さんにとってチーズとは、家畜たちから自然の恵みを分けてもらい、それを少しも無駄にしないよう、大切に丁寧に手作りするもの。

「そもそもチーズって、飲みきれなかったミルクを無駄にせず、保存・発酵させて、大切に食べるというもの。そして、僕は小さいころから、母が味噌や梅干し、ジャムなどを作るのを手伝っていました。食べものを保存しておいしくするという基本的な部分は、チーズ作りも同じだと思っています」

 そんな松原さんが作るナチュラルチーズは、国内外の数々のコンテストで入賞を重ねるなど、高い評価を得ています。

 2015年には、自然放牧の山羊ミルク100%で作る熟成チーズ「フロマージュ・ド・みらさか・シェーブル」がフランス国際チーズコンクールで金賞を獲得。全国のシェフからのオーダーも絶えません。

「使っていただけるのはありがたいことですし、シェフの確かな舌で僕のチーズを試してもらい、その感想をチーズ作りにさらに生かせるのもうれしいことです。お客さまに本当に良い食材を、本当に良い調理法で食べていただけるよう、調理人の方々とタッグを組んでともに努力していくことで、食というものの基準を守っていきたいですね」

 松原さんのチーズレパートリーは70種ほど。なかでも「フロマージュ・ド・みらさか」「リコッタ」などを定番とし、地元広島の果物を使ったチーズなど季節限定商品も販売しています。山羊のチーズは出産を終えた春以降に販売となります。

「同じ種類のチーズでも、季節や気候によってミルクのタンパク質や脂質などの割合は変わりますから、いつでも同じ味になるとは限りません。それもまたチーズ作りの面白いところですし、食べる方にも季節の変化を楽しんでいただきたいですね」

 広島の山でのびのび暮らす牛や山羊たちが与えてくれる、自然の恵みたっぷりのチーズ。そのナチュラルな味わいを、季節ごとに食べ比べてみたくなります。

2024.03.21(木)
文=張替裕子
写真=平松唯加子