棚田広がる庄原で満喫する古民家ステイ

 山が多く冷涼な北部から、海に面する温暖な南部まで、多様な自然環境や気候条件を生かしてさまざまな農業が営まれている広島県。なかでも最北の庄原市は、県内屈指の生産量を誇る米どころです。

 島根との県境近くにそびえる比婆山は、『古事記』にイザナミノミコトが眠る地として登場する霊山であり、この地の長い歴史を物語っています。

 また、このあたりは「たたら」という古代製鉄で繁栄した地でもあり、山間の比和町三河内(みつがいち)では、砂鉄を掘った跡地の斜面を利用した棚田にその名残を見ることができます。

 2021年には、里山と棚田ののどかな風景をゆっくり眺めることができる「三河内棚田テラス」も設置されました。

 その棚田を眼前に見晴らす古民家が「長者屋」です。庄原は、日本でも有数の古民家残存率を誇る古民家の里。昔ながらの茅葺きや瓦屋根の大きな民家が多く残っており、修復を重ねながら大切に住み続けている家も少なくありません。

 築250年以上という入母屋造の「長者屋」もその一軒で、2019年に「せとうち古民家ステイズ」としてリノベーション。ラグジュアリーで快適な一棟貸し宿泊施設へと生まれ変わりました。

 「長者屋」という屋号が示すとおり裕福な農家が暮らしていたこの家の歴史は、玄関に一歩足を踏み入れるだけで分かります。

 広い土間の隣にあるのは、かつての牛小屋「ダヤ」。この地域で農作業やたたら製鉄に欠かせない存在だった牛は “農宝” として大切に守られ、家族同然にひとつ屋根の下で暮らすのが当たり前だったといいます。

 当時の状態をそのままに残しながら、現在は古写真のギャラリーとなっています。

 ふと見上げると、土壁に昔の左官職人がいたずら描きしたという鳥らしき絵が残されていました。昔の人のこんな遊び心を発見できるのも、古民家ステイの楽しみです。

 二間続きの居室の左手には大きな囲炉裏、右手には里山を見渡す縁側が。裕福な暮らしぶりが窺えます。まずは縁側でゆっくりひと休み。

 かつてのこの家にはきっと、近所の人たちが足繁く訪れていたことでしょう。みんな揃って縁側で細かな農作業をしたり、囲炉裏で四方山話をしたり、時には部屋の襖を外して祝い事の宴を催したり……。

 そんな光景が目の前に浮かんでくる、昔懐かしい空間が広がっています。

 大きな囲炉裏は、掘りごたつのように座りやすくリフォームされ、アイランドキッチンへと続くリビングダイニングとなっています。

 オーダーすればここでパーソナルシェフによるコースディナーを楽しむこともできるそう。有名店出身のシェフが出張し、ジビエや山菜、採れたて野菜など地元食材を使った料理を作ってくれるのです。

 この地ならではの調理法も取り入れており、まさに「庄原ガストロノミー」を体感できます(要予約)。

 もちろん、古民家の情緒だけでなくホテルとしての快適さも持ち合わせているのが「長者屋」の魅力。寝室は白を基調とした清潔感あふれる洋室で、檜を使ったベッドが2台備えられています。

 驚いたのはバスルームの広さとデザイン性。京都の職人さんが仕上げたという豪華な造りで、肌ざわりのいい大きな浴槽のほかに、シャワーブースも完備。スタイリッシュなデザインはとても古民家の浴室とは思えません。

 「長者屋」には無料貸し出しの電動自転車も用意されており、周辺の里山をのんびりサイクリングするのもおすすめ。「三河内棚田テラス」まで、気軽に出かけることもできます。

 街のざわめきがまったく届かない里山で、時間と空間をゆっくりと味わう。広島の古民家には、そんな非日常のステイが待っています。

2024.03.21(木)
文=張替裕子
写真=平松唯加子