南に瀬戸内海が広がり、北に中国山地がそびえる広島県は、魚介や野菜、和牛、柑橘類など、一年を通じて新鮮で多彩な食材が揃う食の宝庫。生産者と消費者の距離も近く、地元食材のポテンシャルを最大限に引き出した広島ならではの料理に出会えます。
そこで、この土地だからこそ味わえる「広島ガストロノミー」を体感する旅を楽しんでみました。
山の恵みをすべて生かしたベビーリーフ栽培
漁業も農業もさかんな広島。多くの生産者さんが、地の利を生かしてこだわりの食材を育てています。まず訪れたのは、県北西部の北広島町でマイクロリーフやベビーリーフなどの野菜を栽培している「やまのまんなかだ」。
県内外のフレンチやイタリアンのシェフから絶大な信頼を寄せられ、「広島ガストロノミー」を支える生産者のひとりです。
その名のとおり、山の真ん中に整然と立ち並ぶ20棟のビニールハウスが「やまのまんなかだ」の生産拠点。中をのぞくと、ほんの1〜2センチの高さに育ったルッコラやクレソンなどの葉っぱが美しく列をなしています。
「ベビーリーフは発芽後15日から25日ぐらいまでの葉っぱのことで、この子たちはその前の段階のマイクロリーフです。小さいから手摘みで収穫するのは大変ですが、味も香りも素晴らしいですよ」
そう語るのは代表の山田誠さん。北広島町に生まれ、一時は就職のため地元を離れましたが、20代半ばにUターン。兼業農家として祖父や父が守ってきたこの土地で野菜作りを始めました。
「サラリーマンとして全国を飛び回っていたのですが、とある高級寿司店で食事をしたとき、産地直送だという魚も野菜も、故郷のものと同じ味だと感じたんです。北広島には、まだ知られていない価値がたくさんある。それを形あるものとして作り出したいと思い、24歳でここに戻りました」
現在山田さんが手がけているのは、豊かな森とそこに湧く天然水という北広島の資源を生かした化学農薬・化学肥料不使用の土耕栽培。
通常ベビーリーフは水耕栽培が多いのですが、より味が濃く力強い個性を持つ野菜になるよう、手間のかかる土耕栽培にあえてこだわっています。
「使用するのは、郷土由来の原料のみ」
その強い信念のもと、堆肥はきのこ農家で不要になった菌床と周囲の山々の落ち葉を合わせ、発酵・熟成させた山田さんの手作り。また「八王子よみがえりの水」という郷土の名水で知られる山の湧き水も惜しみなく使用します。
さらに、ひとつひとつ状態を確かめながら手摘みで収穫し、すぐさま飲食店に出荷。今では100を超す飲食店からオーダーがあり、生産が追いつかないという人気ぶりです。
実は山田さん、就農当初はチンゲンサイを栽培していたものの、なかなかうまくいかず、農薬を使わない農業にも踏み切れずにいたといいます。
そんなころに出会ったのが、同じ北広島町出身の料理人、中土征爾さん。権威あるレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」に3年連続で掲載されている広島市のフレンチレストラン「NAKADO-ナカド-」のオーナーシェフです。
「山田くんの野菜は本当においしいよ、自信持って!と勇気づけられました。試行錯誤の連続でしたが、だんだんと自分たちが目指したい農の姿が見えてきたのです」
中土シェフの紹介もあって取引先も増えていき、2019年に「やまのまんなかだ」を設立。ところが直後にコロナ禍となり、きわめて厳しい状況に陥ったといいます。
「そんなあるとき、自分は腎臓が悪くてドレッシングを使えないんだけど、ここのベビーリーフはしっかり味があるからそのままでもモリモリ食べられるんだよ、とおっしゃってくださった方がいて。あぁ、自分たちの野菜は必要とされているのだと確信が持てたんです。中土シェフはじめ料理人さんたちからの信頼も支えになり、ここまで頑張ってくることができました」
現在のスタッフは女性が中心。コロナ禍には子供と一緒に出勤していた人もおり、北広島の新しい働き方を実践する場ともなっています。
「私たちが目指しているのは、北広島という郷土に根ざした独創的な価値を創造すること。さまざまな業種の人たちや若い世代とつながって、さらに面白い広島を創っていきたいと考えています」
山の真ん中は、みんなの真ん中。そんなことを思わせるパワーが、山田さんの笑顔にあふれていました。
2024.03.21(木)
文=張替裕子
写真=平松唯加子