多様な食材を生む自然界のシステム全体を食べる
![バラを主役に、蝦夷鹿を脇役に据えたディナーコースの一品。©Wataru Sato](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/2/3/1280wm/img_23bd84e3f3d481f04377f66d1ad4669674057.jpg)
「CYCLE」のディナーコースは、タパス、料理5皿、デザート2皿、小菓子からなる「Symbiose」(29,040円~/税サ込・以下同)と、タパス、料理6皿、デザート2皿、小菓子からなる「Inspiration」(38,720円~)の2種類。
最初に登場するのは、その日のメニューで使う野菜の皮、葉、茎などの端材から作られた“ウェルカムブイヨン”。廃棄物ゼロを目指す店の姿勢を示すものですが、パルミジャーノで旨みをプラスしたり、秋には金木犀、冬には柚子といった季節の香りを添えることで、素材のおいしさを際立ただせています。
![日常的に出るロスを風味豊かなブイヨンに再生。家庭でも真似したい試み。](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/3/b/1280wm/img_3b9a8f873498d82eb2935fd8f3eb060a158021.jpg)
以下、初冬のある日のコースから、その一部をご紹介しましょう(メニューは頻繁に変わるので、その点はご了承ください)。まずは、どのコースにも含まれる4皿の「タパス」。それぞれ、根、葉、花、実という、種のライフサイクルを表しています。
この日の「根」は、玉ねぎが主役。キャラメリゼした玉ねぎとタピオカで作った生地を筒状にし、その中に玉ねぎのコンポートのピュレに、アンチョビやオリーブ、パセリなどを合わせキャラメリゼしたものを詰めています。
![左から反時計回りに、根、葉、花、実を表したタパス。©Wataru Sato](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/7/0/1280wm/img_709b2b68a0b6d9268f60c88725584b7f115057.jpg)
苔玉のようにも見える「葉」は、牡蠣のクリーム、焼いた牡蠣、エストラゴン(タラゴン)の入ったカレー風味のコロッケ。ピョコンと芽吹いたようなエストラゴンの葉が愛らしい一品です。器いっぱいの菊花にのせた「花」は、炙りしめ鯖、りんご、エシャレットのクリームに菊花のピクルスをあしらったタルト。
「実」は、栗粉、栗のはちみつを使った甘くないフィナンシェ。どの皿も見た目から味が想像できない食感、風味の驚きがあり、ちょっとしたクイズのようにテーマを探るのが楽しいタパスです。
野菜を主役とするいくつもの皿のなかで、シグネチャーディッシュのひとつとされているのが、「ビーツ/キャビア」。ビーツのカルパッチョ、クリーム、オシエトラキャビアの一品です。
![塩釜焼きにするビーツ。日本のビーツは欧州のものに比べて味わいが優しい。©Matteo Carassale](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/d/5/1280wm/img_d504f777492cd016d999507f90841871206434.jpg)
![ビーツの土臭さは大地の風味として昇華され、驚くほどエレガントな口当たり。©Matteo Carassale](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/5/8/1280wm/img_58cc5f54b6c9d2936c53804eeaa95ce1130468.jpg)
ビーツは3時間かけて塩釜焼きに。土っぽさを除きながら甘味と旨味を引き出し、生クリームとオシエトラキャビアで大地と海の風味を併せ持つソースがたっぷりとかけられます。その極めてエレガントな味わいといったら、もう。ビーツのポテンシャルに驚かされる逸品です。
「セリ」は、まさにセリを丸ごと味わう、ミネラル感いっぱいの料理。蕎麦のプラリネを細かく砕いて大地の食感を表したものに、セリのピュレ、シーフードのラグ―、むかご、ナラ茸、セリのエマルジョンを重ね、セリの根のフリットを添えています。
![セリの鮮やかな緑とみずみずしい香りが食欲をそそる。©Wataru Sato](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/9/9/1280wm/img_99f354c3faee008aaf033c70acd8a6be94543.jpg)
![エマルジョンの下には、オキシジミ、ムール貝、バイ貝、コウイカなど。©Wataru Sato](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/9/9/1280wm/img_99b7a5efcb51c062378564a4110d515270769.jpg)
器が示す通り、スプーンで底からすくい軽く混ぜるようにしながら食べると、さまざまな魚介類の旨味とセリの青い風味、蕎麦やフリットの香ばしさがさざ波のように口中を行き来し、体のすみずみへと染み込んでいきます。
![ウニのパンナコッタやターメリックのピクルスなどを人参のカルパッチョで覆ったひと皿も。©Matteo Carassale](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/1280wm/img_033ec43cd0a05f7641f0fe30457f491c69718.jpg)
肉料理の名は「バラ」。バラの花の香りを楽しむために、同じバラ科のりんごと、北海道の鹿を使ったひと皿です。丸のままじっくり焼いたりんごと、同じく薪焼きの蝦夷鹿は、仕上げに藁の香りをまとわせています。
![肉料理は薪火でじっくり焼き上げる。©Wataru Sato](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/c/a/1280wm/img_ca461d51d03b9267de87849b87f8d35185296.jpg)
![カットした鹿を、生のりんご、バラ、バラのジェルとパウダーとともに。©Wataru Sato](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/2/3/1280wm/img_23bd84e3f3d481f04377f66d1ad4669674057.jpg)
ソースは、りんご果汁のブイヨンに、ジュニパー、アニス、ハイビスカス、バラの花を加え煮詰めたものと、鹿の骨で取ったジュの2種類。別皿で、鹿バラ肉のリエットとりんごのピュレを入れたバラのチュイルが添えられます。バラ、薪火、藁の香りのアンサンブルがなんとも華やかで、まさに「香りを食べる」メニューと言えるでしょう。
デザートは、マウロさんの生まれ故郷であるアルゼンチンのタンゴダンスの名前でもある「オレンジと花」。サフランクリームと、オレンジのリダクション、その上に生のオレンジとアーモンド、オレンジのソルベ、アーモンドミルクのエスプーマを重ね、極薄のクリスタリン(結晶糖)をのせています。
![「オレンジと花」という名のシグネチャーデザート。©Matteo Carassale](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/b/a/1280wm/img_ba17dac384a61e30cedafba0fc8388d769997.jpg)
スプーンの背でクリスタリンを割る音はタンゴの軽快な足踏みのよう。太陽のまばゆい光を凝縮したようなオレンジの甘酸っぱさを、アーモンドミルクの素朴でフローラルな風味が包み、幸せな余韻を残します。
今回ご紹介したように、アーティスティックで示唆に富んだ料理が次々と登場する「CYCLE」のコース。味わいが難解かというとむしろ逆で、「この野菜って、こんな美味しさも秘めていたんだ」と、これまで自分が気づかずにいた要素を含む素材本来の味がストレートに伝わってきます。
どんなに優れた食材もそれ単体では存在し得ないように、人間も地球の生物多様性の一要素に過ぎません。生態系を丸ごと味わうような「CYCLE」の循環型ガストロノミーは、「おいしい」の先にある未来への想像を広げてくれます。
![エントランスでは樹齢300年を超えるオリーブの木がゲストを迎える。©CYCLE](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/5/5/1280wm/img_555e6ef62b0eacc3316b730d0a7cd6e3119958.jpg)
CYCLE
所在地 東京都千代田区大手町1-2-1 Otemachi One 1F
電話番号 03-6551-2885
営業時間 17:00~22:00 土日祝11:30~13:00、18:00~22:00(すべてL.O.)
定休日 月曜
https://cyclerestaurant.com/
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2024.02.23(金)
文=伊藤由起
撮影=佐藤 亘
協力=江藤詩文