日本の生物多様性と食文化へのシンパシー
日本への初出店となる「CYCLE(スィークル)」も、大きな挑戦のひとつ。背景には、日本との親密な関わりがあります。マウロさんの拠点である「Mirazur」では、開業当初から、何人かの日本人が働いてきました。フランスで1つ星を獲得した初の日本人女性シェフ、神崎千帆さんや、今回「CYCLE」のヘッドシェフに抜擢された宮本悠平さんも愛弟子のひとりです。
「日本人スタッフの繊細な感性や仕事ぶり、素材へのアプローチに刺激を受けてきましたし、私自身、2008年に初来日して以降、毎年のように日本を訪れています。豊かな風土に多様な食材、季節性と密接な関わりを持つ食文化、器や装飾品などの素晴らしい手仕事にも親しみと尊敬の念を抱いてきました」
宮本さんを「CYCLE」のシェフに抜擢した理由を聞くと、次のような答えが返ってきました。「宮本さんが『Mirazur』来たのは2019年。当初は見習いのポジションでしたが、すぐに頭角を現し、あっという間にスーシェフになりました。優れたセンスと才能の持ち主であることはもちろん、私が特に感心したのは、彼の作る“まかない料理”です。
仲間や私の家族のためにランチを作ってくれるときも、彼は「人を喜ばせたい」という精神で臨んでいました。その料理は繊細で、丁寧で、愛にあふれていた。彼が日本のゲストの嗜好をよく知っていること、かつ私の料理を理解していることも重要な条件です。『CYCLE』のヘッドシェフとして、これ以上の人はいないと思っています」。
シェフとして土壌と生物多様性の保全に尽力
「Mirazur」では“ガーデン”と呼ばれる農園で野菜やハーブを育て、料理の主軸にしています。その土地の風土や生態系と調和する農法や土壌へのアプローチは、自然農法の先駆者として世界的に知られる故・福岡正信さんの影響によるところが大きいのだとか。
2020年からは、天体の運行に沿った農事暦“バイオダイナミック・カレンダー”に着想を得た「根(土)」「葉」(水)」「花(光)」「実(熱)」のコースを数日ごとに展開。自然が主導する「循環型ガストロノミー」を追求しています。
例えば「葉」の日は、植物の葉や樹液の流れを意識したメニュー、「実」の日は旬の果実をふんだんに使ったメニューが主役のコースに。ゲストは、それらの食材を育み絶え間なく循環する生態系そのものを味わうことができるのです。しかも、最高にガストロノミックなひと皿として。
マウロさんは2022年、「生物多様性のためのユネスコ親善大使」に就任(料理人としては初)。土壌と生物多様性の保全を推進し、日々のオペレーションのなかでサステナビリティに取り組んでいます。
「自然の循環を途切れさせず、次の世代へ繋げていくことに強い責任を感じています。その役割を全うするために、私自身ももっと成長しなければなりません」
2024.02.23(金)
文=伊藤由起
撮影=佐藤 亘
協力=江藤詩文