一夜限りのデートでやってみたかったこと

 そんな彼女が一夜限りのデートでやってみたかったのは、「都会で暮らす、イケメンだけど孤独で自由な男の子になる」ことで、刻の日常を見てみたいという。沙都子は刻と一緒に「にんにくマシマシ全部入りのラーメン」を食べたり、煙草を吸ったりし、やがて刻の家に向かう。沙都子は、妻という役割に閉じ込められていて、だからこそ自由な男の子になりたいと考えたのだろうなと思わせるものがある。

 刻の日常がにぎやかでいい。刻は外国語がとびかうボロアパートの一室に住んでいて、恋人と一緒に、となりの子供を預かったりしながら暮らしている。ここで沙都子は、あることをきっかけに、自分にも物事に立ち向かうパワーがあるのだと確信して、一夜限りのデートから彼女自身の日常へ戻っていくのだった。

 一方、イチヤはインスタグラマーのmiyupo(夏子)と人気の料理店を巡るが、彼女は料理の写真を撮るばかりで食事に手を付けず、イチヤは食べる係をさせられていた。miyupoの行動を見ていると、最初は空虚に感じるが、次第に彼女には芯の通った強さがあることに気づく。このパートでは、イチヤのほうが何か消せない悩みを抱えているのがわかる。イチヤはかつては写真を勉強していたが、志半ばであきらめ、昔の仲間との連絡を絶っていたのだった。

 三人のセラピストの中では、イチヤが最も自分に自信のないキャラクターなのかもしれない。miyupoとのデート中に、偶然昔の写真仲間が開いていた写真展のオープニングパーティにもぐりこむことになって、さらに自信をなくしそうになっていたが、miyupoに逆に救われるようなところがあった。

2023.12.01(金)
文=西森路代