作品で感じた音楽、昭和レトロの世界
――最近観た印象深かった映画を教えてください。
池松 今年上半期に観た中でいちばんしびれた作品は、『TAR/ター』です。作家主義や、権力構造、キャンセルカルチャー(著名人など特定の人を糾弾し社会から排除すること)を切り口に、描かれていることがあまりに壮大で深度が深くて、語り口が大胆でまるで神話を観ているようでした。配信サービスのエンドクレジットを飛ばす風潮に対抗して冒頭に出すやり方も印象深いです。いろいろ凄すぎてしばらくずっとあの映画のことを考えていました。
森田 池松さん、よく観てる。僕はあまり映画を観ないんですよね……。
――では『白鍵と黒鍵の間に』の“あいつ”における「ゴッドファーザー 愛のテーマ」のように、ご自身にとっての特別な楽曲はありますか?
森田 ちょっと恥ずかしい話ですが、ヒップホップが好きでよく聴いていたんです。そんなときにBUDDHA BRANDのメンバー、DEV LARGEに会って、彼らのアルバムを勧められました。単純にカッコ良くて、めちゃくちゃ好きになって、今もずっと自分の中に残っている感じがします。当時、丸暗記した歌詞は、今でも歌えると思いますね(笑)。
池松 『白鍵と黒鍵の間に』の原作者、南博さんは当時、アメリカのジャズピアニスト、ビル・エヴァンスに憧れて、弾き方や髪形を真似されていたそうです。僕もビル・エヴァンスが昔から好きで、中でも「Peace Piece」という曲が特に好きです。ちなみにこの映画の南の髪形はビル・エヴァンスを真似していました。ラストのビルとビルの狭間のシーンの壁にも、アルバムのタイトル「Explorations」という言葉が書かれています。主人公が追いかけている象徴として、映画の撮影中も行き帰りよく聴いていました。
――そして、本作には“昭和レトロ”が各場面にちりばめられていました。
池松 ものにもよりますが、僕は基本的には古いものが好きで、どこか色っぽさを感じます。でも、アンティーク“チック”なものは嫌いです(笑)。本物の時間の蓄積と、長年の人の営みや文化の蓄積が感じられるものが好きです。
森田 僕はギリギリで、ダイヤル式の黒電話の時代だったんですよ。そういえば、親戚のおばさん家の黒電話のダイヤルの真ん中部分に、なぜかTUBEの前田(亘輝)さんの写真が挟まっていた。昭和レトロと聞いてふと思い出しました(笑)。
池松壮亮(いけまつ・そうすけ)
1990年7月9日生まれ、福岡県出身。2003年、『ラスト サムライ』で映画デビュー。14年に出演した『紙の月』、『愛の渦』『ぼくたちの家族』『海を感じる時』で、第38回日本アカデミー賞新人俳優賞、第57回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。17年に『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』などで、第9回TAMA映画賞最優秀男優賞、第39回ヨコハマ映画祭主演男優賞を受賞。18年に『斬、』で第33回高崎映画祭最優秀男優賞を受賞。19年に『宮本から君へ』で第93回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、第32回日刊スポーツ映画大賞主演男優賞、第41回ヨコハマ映画祭主演男優賞などを受賞した。近年の主な映画出演作に『アジアの天使』(21)、『ちょっと思い出しただけ』(22)、『シン・仮面ライダー』(23)、『せかいのおきく』(23)など。待機作に『愛にイナズマ』(2023年10月27日公開)。
森田剛(もりた・ごう)
1979年2月20日生まれ、埼玉県出身。95年、V6のメンバーとして「MUSIC FOR THE PEOPLE」でCDデビュー。05年、劇団☆新感線の「荒神〜AraJinn〜」で舞台初主演を務め、「IZO」(08)や「ブエノスアイレス午前零時」(14)、「すべての四月のために」(17)、「空ばかり見ていた」(19)、「FORTUNE」(20)、「みんな我が子」(22)などに出演。主な映画出演作に『ヒメアノ〜ル』(16)、『前科者』(22)、『DEATH DAYS』(22)などがある。2023年10月より主演舞台「ロスメルスホルム」の公演が控える。
『白鍵と黒鍵の間に』
2023年10月6日(金)より公開
昭和63年。銀座のキャバレーでピアノを弾くジャズピアニスト志望の博(池松壮亮)は、“あいつ”(森田剛)からのリクエストで“あの曲”こと「ゴッドファーザー 愛のテーマ」を演奏する。だが、“あの曲”をリクエストできるのは銀座を牛耳るヤクザの親分・熊野会長(松尾貴史)だけで、演奏を許されているのも会長お気に入りのピアニスト・南(池松壮亮/二役)だけだった。
監督:冨永昌敬 脚本:冨永昌敬、高橋知由
出演:池松壮亮、仲里依紗、森田剛ほか
https://hakkentokokken.com/
2023.10.05(木)
文=くれい 響
写真=佐藤 亘
スタイリスト=吉本知嗣(森田)
ヘアメイク=内藤歩(池松)、TAKAI(森田)