また農業に直接関わる肥料をつくるための天然ガスの価格も戦争のために急騰し、さらに両国は化学肥料の生産大国であることも世界の農業生産力に大きな影響を与えている。一方、ロシアからの化石燃料も大幅に減少したために、食料等を輸送するための船舶の燃料費も高騰するなど、とにかく戦争が食糧事情に与える混乱は極めて甚大かつ深刻なものなのである。
発酵食品と戦争の密接な関係
日本での第二次世界大戦前後の食糧事情をよく語るものに食糧の輸入量や消費量、生産量の比較がある。例えば食糧全体の輸入率を見ると、戦前に比べ終戦直後はその二〇%にまで減少(約八〇%の減少)、砂糖の輸入量は戦前の八〇万トンから終戦直後は一八万トンまで減少。漁獲高は戦前に比べ終戦直後は半分以下に、また米の生産量も戦争前後では半分以下に減少している。一方、増えたものは皮肉なことに、軍消費の米の量で戦前は一六万トンであったのが終戦時には七四万トンになっている。戦争中に陸軍が兵士一人当りに供給した食品からのエネルギー量は一人当り一日約四〇〇〇キロカロリーであったが、民間人は約二二〇〇キロカロリーと半分、そして終戦直後の民間人摂取カロリーはさらに下がって一六八〇キロカロリーで、これは飢餓の水準に近いものであった。
以上のような事実を踏まえて、私は発酵学を修めてきた立場から戦争がもたらした発酵関連産業の動向をとても気にしていた。というのは、当時の日本人の食生活では、味噌、醬油、酒、漬物、納豆、日本独自のパンであるコッペパン、甘酒、味醂、鰹節などの発酵食品が必要不可欠なものであったからである。また、発酵という目に見ることのできない微生物の生理作用を戦争に利用していたのではないか、という興味も抱いていたからである。そこで多くの文献をたどりながらそれらの方向から調べてみると、実にさまざまな事がわかったので、それをまとめたのが本書である。多くの人は「戦争」と「発酵」はまるで違った領域なので関係など無いのでは、と思うだろうが、実は発酵食品は戦争によって大きく変動し、さらに発酵現象は戦争に利用されたことなどがわかった。
2023.09.06(水)