道尾 それは創始者ならではの境地ですね。

“体験型”がつないだ縁

 加藤 二〇一九年に道尾さんの『いけない』がテレビやネットですごく話題になったときに、うちの社内でも「絶対に読んだほうがいい」みたいな空気が醸成されていたんです。そんなことは初めてだったので驚いて、しかも本を手に取ると帯に「体験型ミステリー」とある。我々の業界からすると“体験型”というのは見過ごせないワードなわけですよ。

 道尾 鼻につきますよね(笑)。

 加藤 よっぽどのことじゃないと……とハードルが高くなるのは正直あります。いざ読んでみると、読むというか見るというか、感じるというか、まさに体感。体験型の小説というものを初めて“体験”して、これは凄いと思って感想をツイートしたんです。確かそれがきっかけになって道尾さんとお会いすることになったと記憶しています。

 道尾 『いけない』は各章の最後に一枚の写真を置き、それを見た読者が自力で真相に辿り着けるようにと試みた本です。“体験型”というコピーを僕がつけたのは、リアル脱出ゲームの影響があったと思います。

 加藤 『いけない』の終章、最後のページは本当に衝撃的でした。それまでの三章すべては、読者の中にこの気持ちを作り上げるためにあったのか……と、しびれました。一章ずつを短編として読んだときにもハラハラしたり充足感があるのに、終章を読むと全部がつながって「ああ、伏線だったんだ」と思う。あんな豊かな一ページというのは、見たことがない。

 道尾 当時はもうSCRAPファンでしたから、社内で流行っていると聞いて、しかも加藤さんが実際読んで気に入ってくれたのは本当に嬉しかったです。

 加藤 でも考えてみたら、僕は道尾さんにお会いする随分前に、読者として接していたんですよ。読書家の父が時折送ってくる本の中に『ラットマン』や『カラスの親指』『光』などが入っていて。父のおすすめは絶対に面白いので、僕も作者が誰かとか意識せず無条件に読んでいたんです。道尾さんと距離が近くなってしばらくして「あれ? 俺この人の本ほかに何冊も読んでるぞ」って気づいた。

2023.08.11(金)