道尾 でも加藤さんとお話しするようになった後も、小説よりむしろ音楽の話題のほうが多いくらいでしたよね。スナックに行ってひたすら交互に歌ったり。
加藤 そうですね、身の回りの話が大半で。別に高尚な話をするわけでもなく、「いつか何か一緒にやりましょうね」とぼんやり言い合うような。でも、こんな凄い人と出会って、お互いに何か作りたいと思っているんだから、形にしなくちゃいけないというのは強く思っていました。
思いもかけない逆境
道尾 何をやるかも決まってないけど、とりあえず一度打ち合わせをしてみましょう、となったのが一昨年の夏ごろでしたっけ。
加藤 「DETECTIVE X」発売の一年ちょっと前だったと思うので、二〇二一年の夏かな。コロナ禍のあおりを受けて、リアル脱出ゲームはどん底が続いていた時期ですね。
道尾 密、飛沫がダメというコロナ禍でSCRAPが大打撃を受けていることは僕も当然知っていました。ところが二〇年夏には「ある沈黙からの脱出」という、コロナ禍の状況を逆手に取ったリアル脱出ゲームを作ってしまったでしょう。あれに僕はものすごく感動したんです。
加藤 映画も演劇もエンターテインメントが何もかも中止になって、いつ再開できるかもわからない。規制延長を繰り返しながら段階的に緩和されていく中で、たぶん最初にオッケーになるのが映画だろうと思ったんです。上映中に観客が喋らない映画と、僕らの決定的な違いは飛沫の有無なので、“飛沫の飛ばないリアル脱出ゲーム”があれば、映画解禁と同時に僕らも先陣を切って再開することができる。その一心で準備していたゲームでした。
道尾 プレイヤーは全員マスクを着けたまま、喋ってはいけないし、ジェスチャーだけで意思疎通しないと解けない謎がいっぱいあって。逆境を利用したゲームを作ってしまう、転んでもただでは起きない人だなと。
加藤 逆境だからこそ作れたゲームというのは宝物だし、誇りです。それを道尾さんが遊んで、褒めてくださったのはすごく励みになりました。
2023.08.11(金)