『可燃物』(米澤 穂信)
『可燃物』(米澤 穂信)

 新作の舞台は、群馬県警捜査一課。〈どこまでもスタンダードに情報を集めながら、最後の一歩を一人で飛び越える〉葛(かつら)警部が難事件を解決する短篇集だ。米澤さんは本作を、警察小説ではなく警察ミステリーと称している。

「警察小説というと組織の面白さか、一匹狼の活躍を連想する方が多いと思います。が、私はあくまでもミステリーを書きたくて、適した舞台として警察を選んだだけ。『黒牢城』を書いた時に、戦国時代を舞台にミステリーを成立させるため当時の軍事や思想を押さえていったら結果的に歴史を描くことになったのと似ています。違和感が生じないように警察組織の詳細も書きましたが、主眼ではない。葛にとって部下は情報収集の手段で、自身の能力の一部です。だから、部下に好かれない(笑)。警察官が探偵役だと、事件に関与する理由を考える必要がなくて、事件と推理に集中できるのも良かった。なぜ謎を解くのか? それが仕事だから、というシンプルさですね」

 連続放火犯の動機に迫る表題作や、見つからない凶器を探す「崖の下」、不審点が多い立てこもり事件を描く「本物か」など、推理小説のバリエーションを網羅するような五篇が並ぶ。

「ホワイダニット、ハウダニット、フーダニット……毎作、どんなミステリーにするかが出発点でした。解くべき問いを読者に明示しないと、漫然としたものになってしまうので。フェアなミステリーというのは奇想天外というより、読後に『もう少しで自分も分かったのに!』という納得と悔しさが相半ばするものだと思うんです。正答率0%ではなく、15%程度の読者は解決に至れるのが良作ではないかと。なので、『崖の下』の原稿を何人かの編集者さんが読んだ中で、一人だけ『私、分かりました!』と言ってくれたのは嬉しかったし、安心しました」

 どこまでも合理的な葛警部だが、使えるものはすべて使って事件を解決する、という捜査姿勢には一徹な熱意が潜んでいる。「命の恩」のラストなど、警察介入の域外に残る問題に、葛の内面が垣間見える瞬間が印象的だ。

「ある程度の年齢になれば、仕事の仕方にこそ人柄が出るものですよね。強盗致傷犯の逮捕を急ぐ理由や、逮捕された父親を心配する娘への対応などは、葛の人間性の表れではないでしょうか。論理が制御する物語世界に、人間ならではの感情の動きや運命的な気配が加わると、一気に小説としての味わいが増すものだと感じています。ちゃんとミステリーを書こうと努める程に、小説の結構も整っていく、というのが自分にとって理想の形なんです」


よねざわほのぶ 1978年岐阜県生まれ。2014年『満願』で山本周五郎賞を受賞。21年刊の『黒牢城』で山田風太郎賞、第166回直木賞を受賞した。


(「オール讀物」8月号より)

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2023.08.10(木)