「だいたいさ」と、梓が意地悪な顔で身を乗り出してきた。「今の五省の額、誰に書いてもらったか知ってる?」
「そんなん松田先生に決まってるがな」と、物知り顔で答えたのはユウキだった。「なに流か知らんけど、確か六段とかだろ」
「違いまーす」
梓が顔の横で手を振った。マモルも頷いて正解を伝える。
「猪狩先生だよ」
「まじで?」ユウキは目を丸くする。「なんで脳筋に書かせるわけ? ほんとに?」
「そう。あれを書いたのは体育の猪狩先生。ありがたみがなくなるから、一年には言うなよ、ユウキ」
あだ名で呼ばれたユウキは顔をしかめる。奄美出身者に多い一文字姓の「結」と名前の「城一郎」をつなげて書くと、誰でも「結城、一郎」だと勘違いしてしまう。あだ名を禁じられたマモルたちの世代でも、教師や先輩がそう呼び始めると定着してしまうのだ。
「わかった。でも、マモルも一年の前でユウキはやめてくれんかい」
「わかった。でも、三年は止められないだろ」
ユウキは、音を立てて右の拳を左の掌に打ち付けた。
「やめさせればいいだけじゃがな」
平均身長が百六十五センチに満たない与論島の古里中学校バレーボール部をたった一人の活躍で県大会ベスト8に導いた彼の身長は百九十センチを超える。八十五キロの身体を軽々と動かす発達した筋肉と、柔道でこさえたギョーザ耳は迫力満点だ。去年の三年生たちですら、ユウキに向き合う時は腰が引けていたほどだ。だが、上下関係をぶっ壊すユウキの振る舞いを見逃すわけにはいかない。
マモルはユウキの胸を指差した。
「お前こそ、一年の前で三年を脅すなよ。それこそ示しがつかん」
「わかっとらあよ」と、面白くなさそうに肩を揺すったユウキは、五省の額がかかる集会室の方に顔を向けた。「しかし、あの額が猪狩っちゅうのは、下がるやあ。達筆で読めんち思ってんば、ただ下手くそだったわけな」
PCにかがみ込んでいたナオキがくすくすと笑う。
「コロナの時のドタバタで無くなった五省の額を書き直すとき、教育委員会は松田先生に頼んだってさ。だけど松田先生、組合員だろ。軍国主義の片棒なんか担げるか! って激怒して、頼みにきた委員会を追っ払ったんだって。兄ちゃんが佐々木先生から聞いた話」
2023.07.20(木)