マモルは「201号室、異常なし」と報告する。隣の202号室でも二年生が声を張り上げた。
「202号室、呉先輩が腹痛で朝礼を休んでいます。登校は問題ありません」
はあ、というため息が三年生の間で交わされる。前で腕を組んでいる風紀委員の川内は、苦々しげな表情を隠そうともしなかった。受験が近づくと朝礼を休む三年生は増えるものだが、新学期の初日から休まれると、示しがつかない。幸いなことに、朝礼を休んだ三年生は呉だけだった。
点呼を終えた後、全員の前に立った志布井は、まず三年生に釘を刺した。
「最上級生になった三年生と後輩のできた二年生は、一年生の手本になることを強く自覚してください。登校できるなら、朝礼には出るように。部屋の二年は伝えてください」
言い終えると、志布井はおもむろに頭を下げた。
「それでは、おはようございます」
「おはようございます!」
一年生たちの唱和に朝の空気が震えた。昨日の説教で散々練習させられたおかげだ。
「ようこそ、蒼空寮へ」
まばらに「はい」という声が上がる。
「返事ぃ!」
塙が吠えると、一年生たちは気をつけをして叫んだ。
「はいっ!」
志布井はうなずいて言葉を続けた。
「君たち一年生には、家族や兄弟よりもずっと密接に過ごす仲間ができました。まだ卒業していない私にはわかりませんが、OBの皆さんによれば、寮の三年間で培った交流は一生続くということです」
志布井は列の前を左右に歩き始めた。
「寮は、食事をして、寝て、風呂に入り、勉強をして、自分の時間を過ごすための場所ではありません。人生において、何より重要な大学受験に向き合っている三年生たちと接することで、あなたたち一年生はかけがえのない経験をすることでしょう。まずは寮の生活に慣れ、二年生と三年生がどんな日々を送っているのかをよく観察してください。掃除や洗濯、配膳などは率先して行うように」
マモルは志布井の話に聞き入ってしまった。昨年の二学期から毎朝志布井の話を聞いているのだが、最上級生になったからだろうか、力強く正論を説く姿は去年よりもずっと様になっている。
「そして」志布井は言葉を強めた。「新入生は今日から二週間、私たち三年生の活動に注目してください。私たちはVR甲子園に出場します」
顔を見合わせようとした一年生だが、塙の咳払いで気をつけの姿勢に戻る。
「蒼空寮は、二週間後に行われるVR甲子園の鹿児島県大会で、必ず優勝してみせます。一年生と二年生は、応援と支援をよろしくお願いします」
マモルは反射的に拍手していた。もちろん、他の二年生たちもほぼ同時に。やや遅れて、一年生たちが一際大きな拍手を送る。
桜島の横に昇った朝日が、寮生たちを正面から照らしていた。
2023.07.20(木)