読者に(西暦二〇〇〇年、平成一二年、初版時)
目的は一つであっても、手段ならば複数存在しようと許されるし、そのほうが自然であると思う。ここ十年近く私の心を占めてきた、しかもあと七年間は保持しなければならない「目標」とは、古代のローマ人を理解するという一事につきる。そして、それは『ローマ人の物語』と題した連作で現実化しつつあるのだが、『ローマ人の物語』で採用した「手段」とは、言ってみれば、ローマ人の世界に表玄関から入っていくやり方であった。
一方、ここで試みようとしているのは、ローマ人の世界に入るという「目標」は同じでも、それへのアプローチならば、庭から入っていくとしてもよいようなもの。
とはいえ、他人の家を訪れるのだから、声をかけて入るくらいは礼儀である。そして相手はローマ人である以上、声をかけるのも、彼らの言語であったラテン語でやるべきだろう。
「今日は、入ってもいいですか?」
「Salve, intrare possum?」(サルベ、イントラーレ・ポッスム?)
ちなみに「サルベ」とは、ラテン語のままで二千年後の現代イタリア語としても生きのびている言葉の一つで、「Ciao」よりは少しばかり知的な挨拶用語という感じで使われている。小学生同士なら「チャオ」だが、大学生間となると「サルベ」に変わるという具合。
聴覚をローマ風に改めたのだから、視覚もそれに準ずるべきではなかろうか。つまり、ローマ人の家に表玄関から入るのと庭から入っていくのとではどうちがうかも、事前に知っておくと便利かと思う。
それで古代のローマ人の家なるものだが、彼らは、アパート式でない一戸建ての住宅は「ドムス」(Domus)と呼んでいた。そのドムスでも都市内の一戸建て住宅のプロトタイプを求めれば、次のような感じになるかと思う。
「サルベ、入ってもいいですか」と言いながら邸内に足を踏み入れたあなたの眼前に展開する光景も、玄関から入るならば重々しい表情のこの家の先祖たちの彫像、庭から入るならば、現世を謳歌する神々や女子供を模した愉しくも愛らしい彫像の数々、というふうに。残るは、あなたの声を耳にしたローマ人が姿を現わすのを待つだけである。
2023.07.14(金)