『愛されてんだと自覚しな』(河野 裕)
『愛されてんだと自覚しな』(河野 裕)

生まれ変わり続ける恋人たち

「私自身がとにかく楽しくてハッピーな小説を読みたかったので、そういうものを目指して書きました」

 60名を超える、様々な世代の書店員から応援を得て発売直後に重版が決定した本書は、著者の河野さん自身がこう語るように、軽やかでポップなモダン・ファンタジーだ。

 千年前、ある女が水神の求婚を袖にして怒りを買い、愛する男と共に輪廻転生の呪いをかけられた。特徴的なのがその転生のルールだ。〈男は生まれ変わるたびに輪廻を忘れ、しかし女の生まれ変わりを愛したとたんにそれを思い出す。女は逆さで、輪廻を覚えたまま生まれ変わり、しかし男の生まれ変わりを愛したとたんにそれを忘れる〉。

 二人は出会いと別れを繰り返し、そして現在。千年分の記憶を持つ岡田杏はといえば、「運命の恋人探し」を放棄し、平穏な日常を謳歌していた。

「杏は23歳の女性ですが、千年分の記憶があるので大したことでは驚きません。達観からくるクールさと、過去の体験から『現代』を肯定する大らかさを併せ持つ杏の目を通すことで、軽いタッチで物語を描けました」

 ある日、杏は、ルームメイトで“盗み屋”を営む守橋祥子に「徒名草文通録」という古書を盗み出すよう依頼する。文通録が取引されるホテルに侵入するが、そこには文通録を狙う者達が入り乱れ、封印されていた水神までも顕現して予想もしない展開に。杏と運命の相手との鍵を握るこの文通録。果たしてその中身とは――。

「杏も他の人たちも、それぞれ色んな理由で文通録を求めているのですが、突き詰めるとそれはすべて“好意”なんですね。この好意によって、皆が文通録に興味を持っているという点がしっかりしていれば、あとは何をやってもまとまるだろうと思っていました」

 神戸や城崎温泉といった舞台も、物語の雰囲気を盛り上げる。

「兵庫県在住なので神戸には馴染みがあるのですが、神戸のレトロモダンな雰囲気がこの作品を支えてくれましたね。それに、姫路のあたりは調べると歴史が深くて、千年の時を巡るこの物語に合っていました」

2023.07.11(火)