集団生活どころか、自分で配膳をしたことすらない者も多い十五歳の子供たちにとって、寮の生活はあまりにも厳しい。

 そんな厳しさに耐えられるような変化を起こすのが、説教なのだ――ということになっている。

 自分にも他人にも厳しさを求める風紀委員たちが、集会室に集めた新一年生たちを怒鳴り、竹刀で壁を叩いて、恐怖で、上下関係と、生活の規律を叩き込むのだ。

 口の悪い梓が、永遠に続く運動部の合宿を旧軍の士官学校の額縁に入れたような――などと形容する寮の伝統だ。気持ちのいいたとえではないが、中学を卒業したばかりの新入生を散々いびった末に、士官学校で唱和していたという「五省」を絶叫させるのだから反論のしようがない。

 マモルは、能天気な顔で坂を登ってくる新入生の写真を撮りながら言った。

「時代遅れなのは認めるけど、でも、手は出してないよ」

「当たり前じゃないの!」と梓。「自衛隊だって殴らないんだから」

 梓の両親は、ともに自衛隊員だ。男子よりもミリタリーに通じている部分も多い。

「だから俺たちだって手は出さないんだってば」

 マモルは弁解したが、梓は食い下がった。

「まさか今年も、アレ読ませるの? 五省」

「やるよ」

「五省」は帝国海軍の士官学校で使われていた訓示だ。同部屋の風紀委員、塙に命じられたマモルは「至誠に悖る勿かりしか、言行に恥づる勿かりしか、氣力に缺くる勿かりしか――」と墨書された額を集会室に掲げてきたばかりだ。

 梓は「馬鹿じゃない?」と笑った。「五省なんてね、旧軍でも十年くらいしか使ってなかった付け焼き刃のスローガンだよ。今年も中国から来る留学生がいるんじゃなかった? 由来とか聞かれて平気なの? 三年生にも中国の人、いるよね」

「呉先輩は、日本人だよ」

「そんなの書類だけの話じゃん。呉さんのご両親は中国生まれだし、志望校だって清華大学でしょ」

「まあ……ね」

 マモルは隣部屋の202号室の三年生、呉健民先輩の、何を考えているのかわからない顔を思い出した。一年間、ひとつ屋根の下で同じ釜の飯を食ってきたというのに、話したことは一度もないのだ。

2023.07.20(木)