「佐々木さんが見てたわけな」
寮監の佐々木隆一の名前にユウキは納得したらしい。
今年三十四歳になる佐々木は、南郷高校の理数科が鹿児島県で一、二位を争う進学校だった頃の卒業生だ。筑波大学に進学した佐々木は東京大学の大学院と理化学研究所を経て、スイスのCERN(欧州原子核研究機構)に赴任して国際チームのサブリーダーを務めていた俊英だ。
しかしコロナ禍のために国から出ていた研究費が止まり、帰国したところで職を失ってしまったのだという。それを拾ってくれたのが、かつての名門にテコ入れをしようとしていた鹿児島県の教育委員会だった。
秀才の誉高い佐々木の薫陶を受ければ、寮生たちも規律を取り戻すだろう――という希望を抱いていたらしい。
しかし佐々木本人は厳しさとは無縁の指導者だった。彼は寮生の学習や規律を自治に任せたのだ。門限破りを注意することはないし、異性・同性交遊の相談にもよく乗るという評判だった。寮監室のテレビチューナーや、フィルターのかかっていない無線LANを寮生に開放し始めたのも佐々木だし、VR甲子園を紹介し、寮生総がかりの3Dプレゼンテーション制作体制を作り上げたのも彼の功績と言えるだろう。
「その話、塙さんからも聞いてるから間違いないよ。風紀委員の打ち合わせで佐々木先生が教えてくれたんだって」
マモルも補足した。マモルがこれから一年間暮らす201号室の三年生、塙典雄は風紀委員長なのだ。
ユウキが大きな拳でテーブルをごつんと叩く。
「お前は、何故さん付けしよっとよ。先輩つけんか」
そのぎこちない鹿児島弁に、マモルと周りの二年生たちが思わず噴き出した。
腹を抱えて笑っていた梓は、ユウキの肩に手をかける。
「お願い、お願いだから、ユウキ、もうやめて。無理に鹿児島弁話すことないじゃない」
「なんば笑よいな。はげえ、梓まで。傷つくばい」ユウキがぶすりと頰を膨らませる。「島言葉で叱るやり方がわからんからよ。ビシッと締めらんばいきゃしゅんが」
2023.07.20(木)