「始まったばっかりみたいだね」

 そう言うと、ナオキが音量調整をするファンクションキーに手を伸ばした。

「なんだ、ミュートになってるじゃん。マイク置いてあるよ」

「ちょ、待てよ――」

 マモルがそう口にした瞬間、スマートフォンのメッセージ着信音とスチールのロッカーを叩く生々しい音が学習室を震わせた。続けて塙の怒声が、まるでこの部屋で怒鳴っているかのように響いた。

「誰よ! スマホ鳴らしとっとは!」

 VR甲子園用に調達した3D音場マイクで拾った集会室の音が、部屋に据え付けてあるアクティブスピーカーから、集会室と同じ音量で響いたのだ。どうやら、スマートフォンをマナーモードにしていなかった一年生がいたらしい。

 マモルはアプリを消音する方法を探そうとしたが、すぐには思い出せずノートPCのディスプレイを畳んで接続を遮断した。しかし手遅れだった。

 廊下から、紙の束が投げつけられる音がして「こら二年! 何しよっとか!」という怒声が響いたのだ。

 声の主は二つ向こうの203号室の三年生、鷲尾だ。学習時間に音を出していいのは三年生だけなので「申し訳ありません!」と大声で返すわけにはいかない。マモルが「謝りに行ってくる」とため息をつくとナオキが肩に手を置いた。

「俺が行くよ。鷲尾さん、昨日の試験で失敗して気が立ってんだ」

「いいの?」

「音出したの俺だし。どうせマモルをダシにするから」

「おい、ちょっとひどくないか」

 にやりと笑ったナオキはスリッパを脱いで靴下だけになると、僅かな音も立てずに学習室の引き戸を開けて、一年生の時に身につけた抜き足差し足で廊下を走っていった。

「スピーカーぐらい確認しとけよ」と、宏一がため息をつく。

 誰だってミスぐらいするよと言い返したいところだが、完璧超人の異名をもつ宏一がスピーカーの音量を確認し忘れるはずもない。マモルはスピーカーの出力つまみを捻ってからノートPCを開き直した。

 画面に「再接続中……」という文字が現れると、太い腕を組んだユウキが身を乗り出してきた。

2023.07.20(木)