梓が叩いた軽口にマモルはびくりとした。

 マモルは寮の伝統のおかげで変わった。もちろんいい方にだ。夏休みに帰省したマモルが家の掃除を勝手に始めたとき、母親は驚いて声をあげたほどだ。敬語も使えるようになったし、料理も不器用ながら自分でやるようになった。だがその「成長」は、上下関係を叩き込まれた一年前の説教で始まったのだ。

 三年生たちがあげる怒声を安永はどう受け止めるだろう。

「とにかく彼、紹介してね」

 食堂から去っていく梓に手を振りながら、マモルはタブレットに映し出される安永の姿を見て、初めて見た時の違和感の理由に気づいた。

 親がきていないのだ。

 タブレットを片付けようとすると、宏一がぼそりとつぶやいた。

「梓も固えなあ。人権とかよ。どっちかちゅうと可哀想だろ」

「人権だろ?」

「そんなんじゃ、安永をちゃんとした寮生に教育できねえぞ」

「まあ、なんとかやってみるよ」

 マモルの言葉を宏一は鼻で笑った。

「説教の配信も頼んど」

 学習机に置いたマモルのノートPCを、部屋に集まってきたユウキとナオキ、そして宏一が覗き込んだ。

 画面には、二十畳敷の和室が3D映像で映し出されている。食堂や風呂のある本部棟の集会室だ。普段は床の間の壁に据え付けた大型ディスプレイで実家とのビデオ通話を行ったり、押し入れに詰め込んだサーバー群とVRゴーグルを使ってVR甲子園の試聴会を開いたりしているメディアセンターだが、今日だけは様子が違う。

 床の間にはディスプレイの代わりに「五省」の額がかかり、PC用品が置いてある棚の前には、無骨なスチールのロッカーがずらりと並んでいた。

 マモルは高い位置から全体を見渡せるような位置に仮想カメラを動かした。三十名余りの一年生たちが正座をして顔を伏せ、床の間を背に正座をしている寮長、志布井の話に耳を傾けているところだった。

 マモルは一年生たちのジーンズの尻ポケットに、スマートフォンが入ったままなのに気づいた。

2023.07.20(木)