テキストとしての本自体に仕掛けがあるという点は、第六作『アイ・コレクター』(二○一○年)も同様である(第五作は未訳)。子供を誘拐して母親を殺し、父親が制限時間内に探し出せなければ子供を殺すという連続誘拐殺人事件がベルリンで起こっていた。元ベルリン警察の交渉人で今は新聞記者のアレクサンダー・ツォルバッハは、犯人の罠にはまって容疑者にされてしまう。この作品で目を引くのは、巻頭にプロローグではなくエピローグがあり、それに第一章ではなく最終章が続く(ページ数も逆行している)という奇抜な構成だ。といっても、ジェフリー・ディーヴァーの『オクトーバー・リスト』とは異なって時系列が逆行するわけではないけれども、どうしてそうなっているかは最後まで読めばわかるようになっている。
第九作『乗客ナンバー23の消失』(二○一四年)の主人公マルティン・シュヴァルツはベルリン警察の囮捜査官だ。彼は五年前、大西洋横断客船〈海のスルタン〉号で無理心中というかたちで妻子を失っていたが、実は心中ではなく、しかも妻子が生きている可能性もあると知らされて〈海のスルタン〉号に乗り込む。だが、船上では次々と奇怪な出来事が起こり、謎は深まる一方である。客船という逃げ場のない閉鎖空間を舞台に、恐るべき事件と陰謀が渦巻く臨場感満点の展開は船に乗るのが怖くなるほどであり、日本でも各種年間ベストテン選出企画で上位にランクインした。
二○二三年二月現在、邦訳は本書を含めて七作だが、実はもうひとつ、著者の作風を堪能できる隠れた逸品がある。二○一八年公開の映画『カット/オフ』だ。未訳の原作Abgeschnitten(二○一二年)はフィツェックとドイツの法医学者ミヒャエル・ツォコスの合作であり、監督・脚本はクリスティアン・アルヴァルト。娘を誘拐された検視官ポールと、暴力的な元彼から身を隠すため逃げ込んだ孤島で死体を発見した漫画家リンダという二人の主人公が直面する窮地が、島の内と外の二元中継で繰り広げられる構成だ。著者ならではの多重どんでん返しを、刺激的な映像で観られるところにこの映画の醍醐味がある。
2023.05.04(木)
文=千街 晶之(ミステリ評論家)