サイコ・サスペンスの書き手としてやってゆくのかという当初の予想に反し、第二作『ラジオ・キラー』(二○○七年)は打って変わって立てこもりサスペンス小説だった。ラジオ局に、ある男が人質を取って籠城する。この犯人と対峙するのは、ベルリン警察の交渉人で犯罪心理学者のイーラ・ザミーン。だが、彼女は長女が自殺したことで心に傷を負い、その日まさに自分の命を絶とうとしているところだった……。ラジオ局の内と外で進行する事態をパラレルに描く構成は緊迫感満点であり、結末の逆転も鮮やかだ。

 第三作『前世療法』(二○○八年)では、弁護士のロベルト・シュテルンが、前世の自分が十五年前に人を殺したと十歳の少年から告白され、その言葉通りに廃工場の地下で白骨死体を発見することになる。その後、シュテルンは謎の人物から、白骨となっていた男を誰が殺したかを突き止めろと脅迫される。正体不明の犯人に主人公が引っぱり回されるフィツェック作品の典型的展開だが、冒頭で提示される謎の奇怪さは本書が随一だろう。

 第四作『サイコブレイカー』(二○○八年)では、若い女性の精神ばかりを破壊する凶悪犯が、吹雪で孤立した精神科病院に侵入する。記憶喪失の患者カスパルら、患者や職員たちは身を守ろうとするが、彼らは次々と姿を消し、あるいは殺害されてゆく。この小説は、外界から隔絶された舞台や精神医学への関心といったそれまでの作品に見られた要素の集大成であると同時に、フィツェックの新境地とも言える。というのも、右に紹介したあらすじは実はある心理学実験のためのカルテに書かれた物語であり、枠の部分では実験の参加者がそれを読み進めてゆくさまが描かれるのだが、『サイコブレイカー』という小説を読むことで読者もまたその実験に参加させられる仕掛けとなっているのだ。のみならず、原書でも邦訳でもあるページに付箋が貼られており、作中の謎々の答えがわからない場合は、その付箋に書き込まれたメールアドレスにメッセージを送れば答えが返ってくるという凝った趣向もある(もっとも返答はドイツ語なので、日本語で知りたい場合は邦訳の版元である柏書房の特設ページを見れば答えがわかるようになっていたが、現在は閉鎖されている)。

2023.05.04(木)
文=千街 晶之(ミステリ評論家)