こうして振り返ると、著者の作品に登場する主人公の殆どは精神科医か警察の交渉人である(退職した者も含む)。普通ならここまで似た設定の主人公ばかり出せばマンネリの誹りは免れない筈だが、著者の場合、その点についてはもはや開き直った感があり、その代わりに一作ごとの趣向の新奇さで攻めてくるタイプなので、主人公の設定については「またか」と苦笑しながらも受け入れざるを得ないところがある。
『乗客ナンバー23の消失』の「訳者あとがき」でも指摘されている通り、著者の作品世界はリンクしているらしく、『治療島』の主人公ヴィクトル・ラーレンツの名はその後複数の作品で言及されるし、『ラジオ・キラー』に登場したラジオ局制作部長のディーゼル、『サイコブレイカー』に登場したミュージシャンのリーヌスなど、その後再登場したキャラクターも何人かいる。また、『ラジオ・キラー』のイーラ・ザミーンは、『乗客ナンバー23の消失』ではマルティン・シュヴァルツの同僚として名前のみ言及されている。ただし、ジェフリー・ディーヴァーの作品におけるリンカーン・ライムやキャサリン・ダンス、コルター・ショウのようなシリーズ探偵は出てこない。主人公が常に巻き込まれ型なのは、シリーズ探偵の存在が醸し出す一種の安心感が、フィツェック流のサスペンスの醸成とは相容れないからと思われる。
また、邦訳のある作品限定でいうと、ほぼ例外なく自分の家族、特に子供が人質に取られている(あるいは、子供に関する重要な情報を握られている)ことが主人公の行動の理由付けになっている点が挙げられる。『治療島』のラーレンツは失踪した娘の行方を知りたがっているせいで事件に引きずり込まれるし、『ラジオ・キラー』のイーラは長女に先立たれているのみならず、次女がラジオ局立てこもり事件に巻き込まれていることを知る。脅迫者からの取り引き材料として息子の死の真相をぶら下げられる『前世療法』のシュテルン、記憶喪失ながら娘がいたらしいことは憶えている『サイコブレイカー』のカスパル、犯人を追う最中に息子が病気になったことを知る『アイ・コレクター』のツォルバッハ、生死不明の妻と息子の行方を追う『乗客ナンバー23の消失』のマルティン、娘を誘拐された『カット/オフ』のポール……と、すべての作品の主人公がそうなのだ。
2023.05.04(木)
文=千街 晶之(ミステリ評論家)