それを踏まえた上で本書を読むと、親子の情から事件に巻き込まれてしまう主人公という著者の作風の特徴が、ここでは更に強調されていることがわかる。というのも、娘を人質にされるマッツのみならず、人質になったネレのほうも、出産まで間もない妊婦という親の立場だからだ。主要視点人物のうち二人までが、我が子の危機に直面した親として犯人と対峙するわけである。

 本書には主要視点人物がもうひとりいる。マッツの元友人の精神科医フェリ・ハイルマンだ。マッツとは疎遠になり、今日まさに結婚式を挙げようとしていた彼女だが、マッツからの連絡でネレの窮地を知り、その探索に乗り出す。三人の主要視点人物中、犯人からの監視なしに自由に動き回れる唯一の存在ながら、彼女もまた安全地帯にいるわけではないことは、読み進めていけば明らかとなる。

 また、本書は密室状況の乗物を主な舞台としている点で、『乗客ナンバー23の消失』と対を成すような設定の作品となっている(邦題も当然、その点を意識したものだろう)。だが、自分の決断が六百数十人の乗客・乗員全員の生命を左右するという点では、マッツはこれまでの作品のどの主人公よりも苛酷な立場に置かれているとも言える。過去の著者の作品を読んで、主人公がラストでハッピーエンドを迎えるとは限らないということを知っているファンならなおさら不安になるだろう。だが、作中にばら撒かれた夥しい謎は必ずすべて解明される。その点は安心していい。

 二○二三年二月現在、著者の作品は本書を最後に邦訳が途絶えてしまっている。だが、未訳作にも面白そうなものがまだまだ残っている。どんでん返しのドイツ代表選手が繰り出す作品世界の全貌が明らかになるのを一日千秋の思いで待ちたい。

2023.05.04(木)
文=千街 晶之(ミステリ評論家)