私、どう考えても会社員のほうに向いていて。「小説家という職業がこの世にあってよかったね」と言われるくらい、小説を書くこと以外なにもできない作家に憧れているんですけど、サラリーマン歴が長いこともあって、無駄に事務能力が高いので、絶対そんなふうには言ってもらえません。
川上 事務能力、実は私もけっこうあります(笑)。さっき言ったみたいに、小説の執筆って毎日お椀の船で海に出ていくようなうろんで不安定なものだから、日常生活でてきぱき何かをこなす時間があるとバランスがとれるんですよね。
一穂さんは、ご自分が書く登場人物で、ご自身と近しいキャラクターはいますか?
一穂 どの人に対しても分かるところもあれば、分からないところもありますね。
書いている時は、遠い親戚が頭の中に一緒に住んでいるみたいな感覚なんです。しかも、あまり仲良くない親戚。その人がいるために、ほかの人が入って来られないので、早く出て行ってほしいんですけど、あまり仲良くないから言えない(笑)。それで書いているうちに「この人そんなこと言うのか」と意外に思う、みたいな。
川上 書きにくい人っていましたか? 「書きにくいから書かなかった」でもいいけど。私はね、素敵な男の人が書けないの。自分の小説を、自分が読者になって読んでみると「モテる」という設定の男なのに、私からは全然素敵に思えない。『ニシノユキヒコの恋と冒険』のニシノユキヒコとか、『三度目の恋』のナーちゃんとかは、実はいちばん嫌いなタイプ。でも映画化されて、ニシノユキヒコを竹野内豊さんが演じているのを見たら「わあ、素敵」と思いました。ビジュアルは大きいですね(笑)。
一穂 そういう意味では、私は、お母さんとか、いわゆる「普通の主婦」と呼ばれる人が書きにくいですね。男の人を書く時は男の人生を知らなくても、そこはもう思い切って書けるんですけど、女の人を書く時はどうしても後ろめたいというか、引け目みたいなのを感じてしまうみたいです。
2023.04.07(金)