川上 結珠のお母さんも、書くのが難しかったんじゃないですか? 虐待しているわけじゃないけど、確かに子どもを傷つけているという、そのバランスが。
一穂 はい。実際に殴ったり怒鳴ったりはしない、でも……という母親の怖さを書こうと思ったんですけど、一歩間違えると、コンビニに売っている実録マンガのお母さんみたいになってしまいそうで。
結局、家族にどうでもいい存在として扱われ続けていると、子どもの心はこんなにもすり減るんだというところが書きたいと思って、ああいう形に行き着きました。
川上 そうなんだ。あのお母さんに関しては、こういう書き方があるんだって感心しました。それにね、彼女は彼女でけっこうストイック。普通は自分にとって不都合な記憶はどんどん書き換えていっちゃうのに、それをしないで、自分のやってきたことを全部認めてる。まわりの人にとっては迷惑な人だけどね(笑)。
『光のとこにいてね』は、前作と比べても圧倒的に長い時間を書いていますよね。今回は、時間が流れるなかでの二人の変化の度合いが大きいので、そういう意味で私は、一穂さんがこの作品でまた違うところに踏み出したのかなと思いました。
一穂 大枠は曖昧でも、ディテールを一つポンって出しておくと通じる場合もありますよね。綿矢りささんの『勝手にふるえてろ』を拝読したときに、経理課で働くヒロインの制服に付箋がくっついていたことで同僚の男の子にとって目が離せない存在になる、というエピソードがやけにリアルで感動したんです。「出版社の経理課を取材したときに、実際に付箋がついている人がいて、印象に残ったから小説のなかでも書いた」というようなことを何かのインタビューで読んで、参考にしています。
川上 ディテール、大事ですね。会社に勤めるとか、子どもを産むとか、大きい枠組みはある程度書けるけど、そのなかにある些細なことや、些事をひらりと切り取れるのが一穂さん。
2023.04.07(金)