この記事の連載
まさに一隅を照らす国の宝と言える禄剛埼灯台
前に訪ねた観音埼灯台と同様に、海上保安庁の方々の助けを得て灯台に登ることができた。驚いたのはフレネル式レンズの精巧さである。大きな光源のまわりをプリズムで囲み、すべてを平行光線にして遠くまで光が届くようにしている。
点滅の間隔は3秒だが、これにはレンズの周囲に設置した遮蔽板を回す方式を用いていて、「遮蔽板回転式」と呼ばれている。
「このレンズを磨くことが、灯台守の重要な仕事だったそうです。夜が明けて灯台の灯が消されると、2人で1時間ほどかけて鹿皮で磨き上げたと聞きました」
レンズは高価な輸入品だったので、保守には細心の注意を払わなければならなかった。レンズに汚れやキズがあると光達距離(光が届く距離)が落ちるので、キズの位置や原因を記載する「瑕瑾簿(かきんぼ)」があったという。
「大変なのは遮蔽板の操作です。重い分銅を吊り下げ、少しずつ落下させて回転させる仕組みだったのですが、3時間半で地面についてしまうので、時間がくると上に登って分銅を巻き上げていたそうです」
そうした灯台守たちによって半島の先端や離れ小島にある灯台が維持され、航行する船の安全を守りつづけてきた。
これこそまさに一隅を照らす国の宝で、使命感に満ちた彼らの暮らしぶりは、木下惠介監督の映画『喜びも悲しみも幾歳月』に活写されている。
灯台の中ほどに巡らしたテラスからの眺めは素晴しかった。目の前に広がる広大な海は、多くの船が行き交う流通の大動脈であると同時に、外つ国(とつくに)との交易路だった。能登半島には古くから朝鮮半島から渡来した人たちが居住したというし、志賀町福浦港には渤海国の使者を迎えるための能登客院が設置されていた。
その伝統を示すように、灯台の近くには釜山まで783キロ、ウラジオストックまで772キロという標識がかかげてあった。
「今は更地になっていますが、昔はあそこにこんな官舎が建っていました」
河崎さんがモノクロの写真を見せて下さった。どこかスコットランド風の屋根の大きな洋館で、まわりを木の柵で囲んでいる。
「小さい頃に灯台職員の子供たちと、灯台の中でかくれんぼをして遊んだことがあります。官舎に入ってテレビを見たこともありました」
それは昭和34年4月10日の皇太子と美智子さんのご成婚パレードで、多くの人たちが集まって放送に見入ったという。
この写真に写っている三角屋根の倉庫が、町内の民家に残っているというので拝見しに行った。明治14年10月に灯台と共に起工され、2年後の7月に完成した歴史の生き証人である。
木造平屋建て、瓦葺の頑丈な造りで、四方の軒下には間なく弧状に板を張ってある。断崖の上に建っているので、下から吹き付ける雨風を防ぐ必要があったのである。青森ヒバの梁を何本も使って屋根を支えているのは、積雪や台風に備えてのことだ。
当時の職人たちの技術の高さと責任感の強さが伝わってくる見事な建物だが、2022年6月に起こった地震のために裏窓のあたりが被害を受けた。自治体などがこの建物の価値に注目し、修復や保存に尽力してもらいたいと、河崎さんは願っておられる。
史跡として重要なばかりか、建築学的にも貴重な遺産なので、灯台の敷地内の元の場所に移築して、多くの方々に見てもらう方策はないものだろうか?
その日は和倉温泉の旅館にもどり、同行の諸氏と打ち合わせを兼ねて会食をした。地元でとれた魚や野菜を肴に地酒を飲むのが、こうした取材旅行のひそかな愉しみである。
能登は能登杜氏を生んだ土地なので、酒のクオリティは高い。
能登の里山里海は世界農業遺産に認定されているだけに、食物がどれもおいしいのは言うまでもないが、中でも御飯はお勧めである。銀シャリの旨さとはこれだったかと、胸にしみ入ること請け合いである。
禄剛埼灯台
所在地 石川県珠洲市狼煙町イ-51
アクセス 金沢駅西口から珠洲特急バスに乗車し「すずなり館前」下車。「すずなり館前」からすずバス狼煙飯田ルートに乗り換え、「狼煙」下車、徒歩10分。車の場合は、のと里山空港から車で70分。
灯台の高さ 12m
灯りの高さ※ 48m
初点灯 明治16年
https://toudai.uminohi.jp/toudai/rokkouzaki/
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。
海と灯台プロジェクト
「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/
「海と灯台サミット2022」が開催!
次世代へ豊かで美しい海を引き継ぐために、海を介して人と人とがつながる「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として、11月1日の「灯台記念日」から「海と灯台ウィーク」が実施されました。その目玉イベントとなった灯台の未来を考える「海と灯台サミット2022」には、安部龍太郎さんも登壇し、阿部智里さん、門井慶喜さん、海野光行さん(日本財団 常務理事)とともに、「灯台という物語を未来に届ける」をテーマにトークセッションを行いました。
オール讀物2022年12月号(本屋が選ぶ時代小説大賞&冬の豪華読切小説)
定価 1,000円(税込)
文藝春秋
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その土地の物語を読み解く
“灯台巡り”の旅へ
2022.12.09(金)
文=安部龍太郎
撮影=橋本 篤
出典=「オール讀物」12月号
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