『よし!いいぞ、くどう!』と思ってもらえるような原稿を書きたい
意外なことに、作家になりたいと思ったことはなく、心置きなく書くことができるよう会社員を続けて、趣味としてずっと続けたいと思っていたという。だが、小説『氷柱の声』が芥川賞候補になったことで、知名度はさらに高まっていく。
「思ったこともないような夢が現実になっていって、気づけば『夢を叶えた人』みたいになっていた。『虎のたましい人魚の涙』を読み返してみると、候補になったことも含め、気持ちと状況とのギャップに、私が私をコントロールできていなかった感じが今作には漏れ出ていますね」
『氷柱の声』は震災の経験が軸になっているが、何も失わなかったとしても、ささくれくらいの痛みやつらさをだったとしても、語っていいのだというメッセージが心に響く。
「震災後、『半壊するんだったら全壊でよかったのに』とポンと言われ、うまく返せないまま会話が流れていった経験があって。この程度の被害で自分の経験を語っていいのだろうかと、ためらいがあった同世代が結構いたんです。そういう友人知人7人に取材としてあらためて話を聞かせてもらいました。書き終えてそれが小説として世に出ることに対して、どこか不思議な気持ちもありました。
いざ芥川賞の候補に入ると『吉報をお待ちしています』『取れるといいですね』、結果が出た後には『残念でしたね』『また次がんばればいいじゃん』と言われました。もちろん期待に応えたいという気持ちも大きかったですが、わたしはとにかく『読んだよ』『お疲れ様でした』と言われたかったのでしんどかったです。わたしとしては小説を書けただけで大仕事で、候補に選んでいただけただけでありがたい話で、とにかくその現状を自分自身でまずは労いたかったのですが、それ以上に候補入りして取れないことが“残念”とされてしまうことにとっても疲れてしまいました。書き上げたときはここまで大きく広くまで届く作品になると正直思っていなかったのですが、「書いてくれてありがとう」という読者さんからのお手紙もいただいたりして、1年経ってようやく、『氷柱の声』を書けたことも、候補入りしたことも、良い経験だったと思うことができるようになりました。
落ちたという電話を受けたときに、いちばん最初に思ったのが『ああ、よかった』でした。取れても取れなくてもとにかく『氷柱の声』の作者としてしっかり立つことが仕事だと思っていたので、結果がわかり身体の力が全部抜けるような感覚でした。正直電話を受けたときのことは今まで体験したことがないような緊張の中にいて記憶も曖昧ですが。『悔しい、じゃないんだ、私。この瞬間に落ちてほっとする人が取っていい賞じゃない』とも思いました。それで腑に落ちたんです。大丈夫だ、この先、結果に本気で『わたしが取りたかった!』と地団駄踏むような作品を書いて、また候補に上げてもらうチャンスはいくらでもある。1年経ったら自然とそう思えてきました。去年の今頃が一番メソメソしていて、『ゆっくり休んで』とみんなに言われて、全然休み方がわからなくて、めそめそしながらお寿司とか美味しいもの食べて、ただただ太って……というのが思い出です」
現在は、日本経済新聞夕刊「プロムナード」に食エッセイの連載の他、小学館のウェブマガジン「本の窓」では長編小説の連載にも挑戦している。
「『オーバーオーバー』は、一応もう8話分のプロットを出しているんですね。残業している女同士がご飯を食べながら絆を深めていくシスターフッドのお話だったはずなのに、2話にして早々にケンカしてしまい、まったく違う物語みたいになっている(笑)。担当さんは多分、気が気じゃないと思います」
今年の春、会社を辞めたくどうさん。
「基本的には労働や会社を憎んだことはなくて、働くこと自体はすごく好きなんです。単に、身体が一つしかないから、書く方を選んだだけ。今作の最後に収録されている書き下ろしの作品は、いいけじめになりました。連載のおかげで、そのときどきの自分の気持ちを書き留めておくことができて、それは私の人生としてもとても豊かなことだったなと。私は新人賞を取ったわけでもないし、天才といわれるような書き手でもない。そんな私に声をかけてくれ、ここまで連れてきてくれた担当さんに、『よし』と思ってもらえるような原稿を書きたいというのが、今のモチベーションですね」
くどうれいん
1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『わたしを空腹にしないほうがいい』、『うたうおばけ』など多数。『氷柱の声』が第165回芥川賞候補作に。俳句や短歌は工藤玲音名義で活動している。
虎のたましい人魚の涙
定価 1540円(税込)
講談社
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2022.10.04(火)
文=三浦天紗子
写真=平松市聖