月刊「根本宗子」の主催として活躍する劇作家・根本宗子さんが初となる小説を刊行。

 初演から9年たったタイミングで「自分のライバル」といえる代表作にじっくりと向き合い、小説を執筆した根本さんに、今作にかける思いを聞いた。


ターニングポイントになった作品を小説化

――「今、出来る、精一杯。」は、過去三度上演されている、根本さんの代表作の一つと言える作品かと思います。「自分のライバルはこの作品」ともおっしゃっていますが、この作品を小説にしようと思ったきっかけを教えて下さい。

 20代はとにかく演劇で新作を生み出すことに命を燃やしていた感覚があって、形の残らない演劇の儚さを愛していました。もちろん根底は同じ人間なので変わらないんですけど、30代に入りさらにコロナ禍になったことも相まって、生み出した物語を「残す」ことにも興味を持つようになりました。そんなタイミングで「今、出来る、精一杯。」を小説にしないか、というお話をいただき、自分の作家としての方向性を決めた作品だったのでこれは残しておきたい、と思い書くことを決めました。

――根本さんの作品の登場人物は饒舌な人が多く、とても会話をリアルに感じました。インスピレーションはどこから得ているのでしょうか。 

 自分が生きている時代の人間を自分が残せる形で残したい、みたいな気持ちが昔からあって、私から見たそれぞれの世代の人たちを実感を持って書くようにして来たので「リアル」と言っていただけるのかなと思います。

 もちろんすべてが実話なわけでもないし、フィクションなんですが、「実感を持って書ける台詞」を強く意識はしてます。

――今作を読んでいると、世界には色々な人間がいて、それぞれがそれこそ「精一杯生きている」という事実を改めて認識できます。12人いる登場人物のうち、自分に近い存在だと感じる人物はいますか。

 新人アルバイトの坂本さんです。23歳で初めてこの作品を書いた時から、とても思い入れの強い役です。日々生きている中で「決めること」ってとっても大変だなって感じるんです。

 今日の選択が明日を決めるわけじゃないですか。坂本さんは選ばず、流されていたい人なのでそういうどうしようもできない部分みたいなことを当時から書きたかったんだろうな、と思って今回も改めて筆を入れました。

――人と人とのわかりあえなさ、他人に対する想像力のなさがテーマの一つになっているかと思います。根本さん自身はこの「わかりあえなさ」についてどう考えていらっしゃいますか。

 完璧にわかり合うのはもちろん不可能だと思いますが、限りなく100に近いところまで理解したいと思った相手をとにかく大切にして生きたいし、自分を理解してもらうために言葉を尽くしたいと思って生きて作家をしています。

 もちろん人によっては「わかられたくない」「言葉にしてないでほしい」という人もいるので相手次第なところはありますが、理解を諦めることはわたしはしたくないです。

 ただ、そう思える相手は限られています。全員にそれはできないし、寄り添うことが趣味な訳ではないので。

「何かを諦めてないきっかけにして欲しい」

――今作をどんな方に読んでもらいたいですか。

 自分より若い世代に読んで欲しいなって思って書きました。当時23歳で書いた作品だからというのもありますが、アルバイト先とかで「人と関わること」「理解することわかり合うこと」ってすごくしんどいと思うことが、私にはあって。そういう気持ちで書いた作品でもあるので何かを諦めないきっかけにしてもらえたら嬉しいなと思います。

――舞台映像の上映も決まりました(2022年9月24日(土)~26日(月)に、ユーロライブにて舞台映像を上映予定)。ファン待望の上映だと思いますが、小説から入って、初めてこの舞台を見る方も多くいらっしゃると思います。そうした方々に今だからこそ注目してほしい点はありますか。

 今回上映される舞台は2019年版のもので、最新バージョンの演出になってます。小説で想像されていた世界とはかなり異なると思うので、「舞台ってこういうことかあああ!」と驚いて楽しんでいただけると思うのでぜひ、舞台未見の方にこそ観に来て欲しいです。

 なによりシンガーソングライターの清竜人さんと作った音楽劇版なので、竜人さんの音楽がものすごく世界を広げてくださってますし、キャストが実際にセリフを発することで見えてくる役の背景がとても面白いと思います。

――自身の劇団公演のために描き下ろしたのが10年前。新たに今作と向き合ってみて、いかがでしたか。心境の変化などあれば教えて下さい。

 基本何も変わっていないな、自分。と思いました。

 かっこつけるわけではないんですが、良くも悪くも何もブレていないです当時から。(笑)

根本宗子

1989年生まれ。19歳で劇団、月刊「根本宗子」を旗揚げ。以降、劇団公演ではすべての作品の作、演出を手掛ける。2015年に上演された「もっと超越した所へ。」が、2022年に映画化予定。

『今、出来る、精一杯。』


定価 1,760円(税込)
小学館
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舞台上映の詳細

https://www.culture-pub.jp/news/184/

2022.09.06(火)
取材・文=土佐有明、CREA編集部
撮影=佐藤 亘