“モテない男”が主人公の喜劇と悲劇が入り混じった恋愛喜劇『みんなのヴァカンス』
田舎町で過ごす夏のヴァカンス。川や海で泳ぎ、サイクリングや山登りをし、美味しい食事を楽しみ、ときには酒場でドキドキするような夜を過ごしたりもする。けれど、必ずしも楽しく幸せな時間ばかりとはかぎらない。うまくいかない恋や、友達や家族との喧嘩、思わぬ大失態。ヴァカンスには、気まずさに満ちた時間もつきものだ。
ヴァンサン・マケーニュが主演した『女っ気なし』(11)『やさしい人』(13)が日本でも人気を博した、フランスのギヨーム・ブラック監督の最新作『みんなのヴァカンス』が描くのは、そんな、ちょっと気まずい瞬間に溢れたヴァカンス模様。夏の陽光あふれるフランスの田舎町で、ロマンチックだがどこか滑稽な、若者たちの恋愛ゲームが繰り広げられる。
パリで介護士として働くフェリックスは、出会ったばかりの女性アルマに夢中になり、ヴァカンスに旅立った彼女を追いかけようと思いつく。こうして彼は、親友のシェリフと、相乗りアプリで知り合った青年エドゥアールを道連れに、アルマとその家族が滞在するドローム県の小さな町ディーに向かう。だが、身勝手なフェリックスと生真面目なエドゥアールは衝突をくりかえし、穏和なシェリフは二人の仲介に大忙し。ようやく目的地にたどりつくが、連絡もなくやってきたフェリックスにアルマは困惑気味。そこに、小さな娘を連れた若い女性エレナや、アルマの姉、リゾートバイトの若い男たちが絡み合い、ヴァカンスは混乱の渦へ……。
これまでも、いわゆる“モテない男”を主人公に、喜劇と悲劇が入り混じった恋愛喜劇をつくってきたギヨーム・ブラック監督。新たなヴァカンス映画の傑作『みんなのヴァカンス』がどのようにつくられたのか、お話をうかがった。
演劇学校の学生たちとの出会いから生まれた映画
――ギヨーム・ブラック監督の新しいヴァカンス映画を見られて本当に嬉しく思っています。本作はフランス国立高等演劇学校の学生たちを起用して撮られたそうですね。映画のストーリーや登場人物たちも、演じた彼ら自身の実体験や性格をもとにつくられたのでしょうか?
おっしゃるように、この映画は彼らとの出会いから生まれた映画です。といっても、彼らの体験をもとにした物語というわけではありません。私と学生たちは、まず1人につき1時間から2時間くらい、自由にいろんな話をしました。彼らの人生や恋愛のこと、不安に思っていることや彼らが持っている弱さ。そういった話を全員とするうちに、今回の映画の人物像と物語が決まっていきました。つまり、これは彼ら自身の話ではないけれど、彼らからインスピレーションを得てできた映画なんです。
――実は最初、これはフェリックスとシェリフという二人組が主人公の映画なんだな、と思って見ていたんです。でも話が進むにつれ、彼らがヴァカンス先で出会ういろんな人々へと視線が移っていくようで、群像劇のような楽しさを感じました。監督自身は、この映画の主人公は誰だと考えていますか?
この映画を撮るにあたって一番難しかったのは、12人の俳優(学生たち)を使って12人の登場人物を動かさなくてはいけない、ということでした。私自身は、これまで群像劇のような映画を撮ったことがなく、これほど多くの登場人物を扱うことには慣れていなかったので、そこに一番苦労しました。
結果的に、『みんなのヴァカンス』は、これまでの私の作品と比べて、より広い対象を扱った、いわば現代の若者たちの肖像のような映画になっています。ただ映画の原動力はやはり主演の二人です。フェリックスを演じたエリック・ナンチュアングとシェリフ役のサリフ・シセ。彼らのエネルギーのおかげで、映画はどんどん前に進んでいきます。
けれど、おっしゃるように映画の視点は次第に別の人物たちに移っていきます。あるときはエドゥアールへ、またあるときは若い母親であるエレナへ。その視線の動きが自然に伝わるように、編集の段階で調整していきました。
そして質問への答えですが、私自身はこの映画の主人公はシェリフだと考えていますね。
――今のお話を聞くと、監督の映画作りの過程において、編集作業がとても重要なようですね。編集によってストーリー自体が変わってくることもあるんでしょうか?
物語の筋まで変わることはないかもしれません。ただ、編集をすることで、ニュアンスを少し変えるというか、人物像や場面をより具体的にすることはあります。
たとえば最初のほうに、フェリックスがアルマを追ってドローム県にやってきて、彼女に電話をするシーンがありますよね。あそこは、編集でいくつかアルマのセリフをカットしました。改めて映像で見ると彼女のセリフがあまりにキツすぎて、これでは二人の関係がここで完全に終わってしまうと感じたからです。
セリフを削る代わりに、私はここに何度か沈黙を挿入しました。突然フェリックスが自分のいる場所にやってきたことに、アルマは戸惑っている。そんな微妙なニュアンスを入れることで、二人の関係が壁にぶち当たるまで、もう少し長く保たせるようにしたんです。いずれにしても、彼らの物語はやがて終わり、次のシェリフとエレナの物語へと少しずつ移っていくわけですが。
2022.08.19(金)
文=月永理絵