『おおかみこどもの雨と雪』のTシャツが意味するもの

――シェリフが随所で着ているユニークなTシャツの数々にも惹かれました。日本のアニメ『おおかみこどもの雨と雪』(12)の柄もありましたよね?

 『おおかみこどもの雨と雪』は私の大好きな映画なんです。でもあのTシャツを選んだ理由は、自分が大好きな細田守監督への目配せというだけではありません。実は、シェリフが身につけたTシャツには、それを着ているときの彼の心境がはっきりと反映されているのです。

 そのために、衣装係のスタッフとシェリフ役のサリフとも、どのシーンでどんな柄を着るか、事前にしっかりと話し合いました。

 たとえば、シェリフが劇中で着るTシャツの中には、映画をモチーフにしたものが3枚あります。

 1枚目は『俺たちダンクシューター』(08)というハリウッドのコメディ映画のTシャツ。これはシェリフの思春期的な心情や喜劇的な部分を象徴しています。そして『おおかみこどもの雨と雪』のTシャツを着るのは、彼が若い母親であるエレナとその赤ん坊と親しくなり、家族のありかたや子供についていろいろと考え始めている時期です。そうした繊細な感情を抱き始めたシェリフがあの映画のTシャツを着ているというのは、視覚的にも美しいと思ったんです。子供時代を強調するような印象を与えますよね。

 3枚目はジム・ジャームッシュの『ゴースト・ドッグ』(99)。これを着ているのは、シェリフが、エレナの前でも自信を持ち堂々としていようと決意したときです。カリスマ性のある俳優フォレスト・ウィテカー主演のあの映画のシャツを着ることが、シェリフに自信を与えたとも言えます。こんなふうに、3枚とも、それぞれに重要な意味を持ったTシャツなんです。

『みんなのヴァカンス』に社会的なテーマが盛り込まれた理由

――監督は過去に、『女っ気なし』『やさしい人』と、女性とうまく関係が築けない男性主人公の映画をつくってきましたよね。『みんなのヴァカンス』も、中心にいるのはやはり自分たちを“負け犬”と称する男性たちです。こういった、女性にモテず、男たちだけで連帯する物語はハリウッドのコメディ映画でもたびたび描かれてきましたが、最近ではその流れが少しずつ変わってきているように思います。つまり、#MeToo運動の影響もあり、映画のなかの男女の描き方がこれまでと大きく変わりつつあると思うのです。監督は、そうした時代の変化について何か意識はされていますか?

 『みんなのヴァカンス』を撮影したのは今から3年前ですが、たしかにこれは少し男性的な映画ですよね。男の映画をつくろうとしたわけではないんですが、主演に選んだ二人がたまたま男性で、彼らからインスパイアされて脚本を書いたので、結果的にこのような話になったんです。時代にあわせた映画を撮るということ、たとえば現代的な強い女性や自由な女性を主人公にした映画をつくるのは、今の私にはまだ難しいかもしれません。とはいえ、実は今書いている脚本では、女性の二人組が主人公なんです。彼女たちの物語を、私はとても自由に、楽しんで書き進めています。そう考えると、意図的に時流に寄せることはないにしても、自分の映画にも、やはり時代の変化はなにかしら反映されているのでしょう。

 『みんなのヴァカンス』でも、フェリックスのアルマへの態度はある意味で両極端ですよね。とてもロマンチックで感動的なところもあれば、彼女に対してひどく乱暴で、無理やり彼女の人生に介入していく横暴さもある。この映画は、そうしたフェリックスの態度に決して賛同しているわけではありません。彼の複雑な性質を正面から眺め、評価してみよう。そういう目でこの映画はつくられています。

――おっしゃるように、フェリックスとアルマの出会いや最後に和解するシーンなど、とてもロマンチックで美しい場面でした。一方で、この映画はこれまでの作品に比べ、よりはっきりとフランスの社会が持つ問題が描き出されていたように思います。たとえば黒人であるフェリックスとシェリフは本来ヴァカンスに行く金銭的余裕のない人々であり、ヴァカンス先で彼らが出会うのもみな白人ばかりです。人種の違いや経済格差にまつわる社会的なテーマを盛り込むことは、もともと意図されていたのでしょうか?

 たしかに、これまでの僕の映画のなかには、正面からそういう社会問題を取り上げた映画は少ないかもしれない。『宝島』(18)というドキュメンタリーではそうした問題を取り扱っていますが、日本ではまだ公開されていませんよね(※パリ郊外にあるレジャー施設を映したドキュメンタリーで、日本では特集上映や配信サイト「Jaiho」で上映されたのみ)。とはいえ、『女っ気なし』も『やさしい人』も『7月の物語』(17)も、異なる社会階層の人々が出会う物語ではある。『女っ気なし』では、パリに住む二人の女性がシルヴァンという田舎に住む男性と出会い、二つのまったく異なる世界がぶつかりあいます。

 社会階層の違う人々が出会い、どんな代償をはらってその障壁を乗り越え、不安や偏見を取り払うのか。『みんなのヴァカンス』ではそのテーマがより鮮明に現れたわけですが、決して意図したことではないんです。これまでとは違う、教育的で、より政治的な映画をつくろうとしたわけでもない。

 学生たちとの出会いのなかで私が一番インスピレーションを感じ、主演俳優にしたいと思った俳優たち、エリックとサリフに出会ったおかげでこのような問題を取り扱うことになった、ただそれだけなんです。そしてそのテーマは必ずしも物語の前面には出てきません。物語はまったく別のものとしてあり、その奥のほうに、現実の社会をめぐる問題が隠されています。

――今お話に出た『宝島』は私も大好きな映画です。このドキュメンタリーが本作にもたらした影響は大きかったのでしょうか?

 そうですね。一番影響を受けたのは演出においてだと思います。『宝島』以降、私は映画のなかでほとんどクロースアップを撮らなくなりました。『宝島』では、ほぼ引きのショットで、長回しによって撮っていた。そうすることによって、カメラの前にいる人々が実際にそこに存在しているように見せられたからです。

 『みんなのヴァカンス』でもクロースアップはほとんどありませんし、カット割はほとんどしていません。多くの場面を長回しとロングショットで撮っています。そうすることで、その瞬間、そこで起きたことをそのままに映しとることができるからです。『宝島』からの影響は、今後も私の映画のなかで続いていくと思います。いわゆる普通のフィクション映画を撮ることは、私にとってだんだん難しくなってきました。フィクションの中にドキュメンタリー的な素材を混ぜ合わせる、今後はますますそういう映画に近づいていくと思います。

ギヨーム・ブラック

1977年パリ生まれ。2008年、友人と製作会社「アネ・ゼロ」(Année Zéro)を設立する。この会社で『遭難者』『女っ気なし』を製作。2013年、長篇第一作『やさしい人』が、第66回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門に出品。2017年、『7月の物語』を第70回ロカルノ国際映画祭(アウト・オブ・コンペティション部門)へ出品。第一部「日曜日の友だち」はジャン・ヴィゴ賞を受賞(短篇部門)。ほか、長篇ドキュメンタリー『宝島』(2018)など。2019年夏、『みんなのヴァカンス』を撮影。この作品は2020年 第70回ベルリン国際映画祭(パノラマ部門)に選出され、国際映画批評家連盟賞特別賞を受賞している。

『みんなのヴァカンス』

公開:2022年8月20日(土)ユーロスペースほか全国順次公開
監督:ギヨーム・ブラック
脚本:ギヨーム・ブラック、カトリーヌ・パイエ
出演:エリック・ナンチュアング、サリフ・シセ、エドゥアール・シュルピス
アスマ・メサウデンヌ、アナ・ブラゴジェヴィッチ、リュシー・ガロ、マルタン・メニエ、
ニコラ・ピエトリ、セシル・フイエ、ジョルダン・レズギ、イリナ・ブラック・ラペルーザ、マリ=アンヌ・ゲラン
2020年/フランス/フランス語/カラー/100分/1.66 : 1/5.1ch/DCP/原題:À l’abordage/字幕翻訳:高部義之/配給:エタンチェ/©2020 – Geko Films – ARTE France
https://www.minna-vacances.com/

2022.08.19(金)
文=月永理絵