「D.P. -脱走兵追跡官-」で個性を爆発させた、いま最も旬な俳優ク・ギョファン。フィルムメーカーとしての顔も持つ彼が、イ・オクソプ監督と作り上げた映画『なまず』は、不思議な魅力に溢れている。公私に渡るパートナーであるふたりは、自分達のオフィスで仲良くオンライン・インタビューに答えてくれた。

──『なまず』、とても面白かったです。恋愛や将来への不安、仕事、盗撮、シンクホール(道路などに突然できる、陥没穴)の出現など、看護師ユニョンを取り囲むさまざまについて、病院のなまずが語り手になって進む、というとてもユニークな作品ですが、友達とか、誰かの経験がアイデアの元になっているのでしょうか?

イ・オクソプ監督(以下監督) 友達との会話もそうですし、ク・ギョファンさんとした映画の話や色々な話、そういった私たちの経験の集大成と言えるかもしれません。さまざまな要素が詰まっていますが、私たちの人生に対する不安がこみ上げてきて、それが映画に反映されたのでは、と思います。

──語り手に“なまず“を選んだ理由は?

監督 シナリオを書き始める前に、暗く静かな夜の病院で水槽の魚を見つめる、女性看護師の姿が思い浮かびました。その魚は観賞用とは言えない、“なまず”。そんな、どこか不自然に感じるイメージから物語が湧き上がったんですが、なまずであるべき理由は3つあります。昼間は水の上に出てこない。汚染に強いので生命力がある。そして、地震を感知する敏感な生き物とされている。そんな鈍そうに見えて敏感ななまずなら、悩めるユニョンを癒やし、もしかすると地球も救ってくれるかも……と想像がふくらんでいきました。

──この映画は国家人権委員会からの依頼で作られたそうですね。人権委員会は過去にも多くの映画を作っていますが、今回はどんなテーマを投げかけられたのでしょうか?

ク・ギョファン 「青年」「青年の暮らし」「人生」というキーワードを与えられました。そこから、頭の中に浮かぶ風景をアイデアとして出していったんです。散発的になっても構わないから、自分達にとっての不安というものをどんどん出していこう、表現していこう、と。無秩序でもいいじゃないか、と思ったんですね。自分たちもまだ青年でしたし、そもそもこの映画は点数をつけるような映画ではないので。観ている人にはとても突飛に見えて、無秩序に感じられるかもしれないけれど、それを秩序にしてしまおうじゃないか、と思いました。

 幸いなことに、そんなふうにして作った映画を観客の皆さんが楽しんでくれたことは、本当に嬉しいことでした。日本の皆さんの反応もとても楽しみですし、実際に大阪アジアン映画祭で上映をしたとき、作り手として観客の方たちの反応を見ていて、僕たち自身とても癒やされたんです。

監督 2017年に人権委員会から依頼があったんですが、当時の韓国は、盗撮やデジタル性犯罪事件などが多く発生し、とても酷い状況でした。女性たちは「私も撮られているかも」と怖がっていたんです。

──映画では、主人公たちの不安がいくつも描かれますが、「青年」というキーワードから「不安」を特にクローズアップされたのは?

監督 実際、当時の私たちが不安だらけだったんですね。そしてその不安は、自分できちんと向き合って処理することが大切で、持ち続けていても何も解決しません。だから私たちを覆う不安を映画で表現してみたら、不安も少し減るのでないかなと思ったんですね。

ク・ギョファン でも今度は、この映画をちゃんと作れるんだろうか、という不安に襲われちゃったんですよ(笑)。

──大阪アジアン映画祭でグランプリを取ったのは、2019年の3月でした。まだコロナ禍の前で、大阪にいらっしゃったんですよね?

ク・ギョファン はい。大阪はお酒も、食べ物も美味しくて、とても楽しかったです。

監督 観客の方たちもとても素敵でした。大阪の街の風景もとてもよかったですね。

ク・ギョファン そうですね。大阪の街は、街中に日常的な感じと、非日常的な感じが両方あって、とても楽しかったです。時間がある時に、川沿いをずっと歩いてみたんですよ。駅前で会社帰りの人たちが、一緒に飲んだり食べたりしている様子がとても印象的でした。

──大阪は、韓国の釜山にちょっと雰囲気が似ていますよね。コロナ禍の前は毎年、釜山国際映画祭に行っていたので、とても親しみがあるんですが、なんとなく空気が似ているように感じました。

ク・ギョファン それはとても共感します。何か具体的にここが、というわけじゃないんですが、似ていますね。

──大阪や釜山では、よく人に話しかけられるんですよね。

ク・ギョファン 大阪では、僕でも誰かに話しかけたいほどでしたよ(笑)。

──ネタバレしない程度に伺いたいのですが、主人公の看護師ユニョンの恋人ソンウォンに対する“不安“は的中した、ということなんでしょうか? ソンウォンはかつてはダメな人間だったけれども、反省した、と取ることもできます。

ク・ギョファン 通常であれば役者としては、自分が演じたキャラクターを観客の方に理解してほしい、共感してほしいと思いますが、『なまず』で僕が演じたソンウォンに関しては、少し違います。彼のことをこう見てほしいというより、主人公であるユニョンの感情に注目してほしいと思いながら演じていました。僕はソンウォンを演じつつも、ユニョンの情緒を優先していたんです。だから僕自身がソンウォンの心理を定義して演じていなかったので、実際にソンウォンがどんなつもりだったのか、反省していたのか、以前と変わったのか、変わっていなかったのか、ということは、観客の方の判断におまかせしたいと思っています。

監督 私はこのユニョンという女の子がこの先どういう選択をしようとも、安全で幸せになってほしいなという思いを念頭において、最後の場面を考えました。それが観客の方にどこまで届いているかはわかりませんが、あくまで観る人の気持ちに委ねたいと思います。

ク・ギョファン 作っているときはとても一生懸命作っていました。でもこの『なまず』という映画は、ある意味で無責任に聞こえるかもしれませんが、結末についても、キャラクターについての感想も、観客の方それぞれにお任せしたいと思っています。皆さんが自分で、“シンクホール”を埋めていただけたら。

2022.08.11(木)
文=石津文子