取材部屋として指定されたホテルのスイートルームの前で待っていると、186センチの長身にルイ・ヴィトンを着こなしたカン・ドンウォンが、早足で通り過ぎていった。スタッフが慌てて呼びとめると、ちょっと背中を丸めて、照れ笑いして戻って来る。
2年前、ソウルにいるカン・ドンウォンにリモートで取材中、蚊を取ろうとした彼が勢いあまってマイボトルに持参したコーヒーをこぼしてしまったことがあった。ティッシュで私服のTシャツのお腹のあたりを拭いながら、「ドジなんです(笑)」とはにかんだことを思い出した。その話を彼にすると、「僕はよくこぼすんです」と笑う。少女マンガから抜け出たようと称される美しい容姿ゆえに誤解されがちだが、釜山弁をまじえて話す普段の彼は、かなり親しみやすい人柄だ。
是枝裕和監督が単身、韓国映画界に飛び込み、韓国人スタッフ、キャストと共に初めて撮った韓国映画『ベイビー・ブローカー』(全国公開中)。
「赤ちゃんポスト(ベイビー・ボックス)」に預けられた赤ん坊を連れ去っては、違法に養子縁組を仲介するブローカー2人組を演じたのが、ソン・ガンホとカン・ドンウォン。5月のカンヌ国際映画祭ではソン・ガンホが最優秀男優賞に輝いたが、相棒役のカン・ドンウォンにも同じ賞をあげたかった。それほど彼が演じた、赤ちゃんポストのある教会のヘルパーで、親に捨てられた過去を持つドンスの姿は心に沁みた。中でもドンスと、子供の母親ソヨン(イ・ジウン)の観覧車でのシーンは、胸の奥がギュッと掴まれるような美しい瞬間だった。
背中だけじゃなく、もっと顔も撮ってほしかった(笑)
――今回、『ベイビー・ブローカー』では本当にカン・ドンウォンさんの新境地が開けたと思います。比べるわけではないけれども、キャストの中でも特に素晴らしく、今までのキャリアでも最高の演技だと思いました。
それは嬉しいですね。欲を出さずに演じたのが良かったんでしょう。おそらく、キャストの中で僕が一番、欲がなかったかもしれないですね。
――是枝監督には「悲しい背中を撮りたい」と言われていたそうですが、演技する際にそれは意識しましたか?
はい。本当はもっと顔も撮ってほしかったけど(笑)、監督は背中をたくさん撮影されてましたね。実は、以前にも他の監督から「背中が良い」と言われたことがあるんです。肩幅が広いからかな? 自分ではわからないんですが……。でも、是枝監督はダントツで背中好きでした(笑)。
2022.07.02(土)
文=石津文子
写真=榎本麻美