リトルプレスとしては異例の1万部を超える売り上げとなった、くどうれいんさんの『わたしを空腹にしないほうがいい』。高山なおみや平松洋子を連想させる食をめぐる日記スタイルのエッセイは、当初、無料の俳句のウェブマガジンに連載されていたものだ。2017年にまず自費出版され、2018年に岩手県盛岡市のブックストア「BOOKNERD」が、親本に書き下ろしと対談を加えた改訂版を文庫版サイズで出版。紙質やデザインにもこだわった。

 同書が話題になり始めた頃に、「書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)」の編集者から声をかけられ、同社のウェブページで連載を開始。その連載に書き下ろしを加えた第2エッセイ『うたうおばけ』は刊行前から重版がかかり、さらに第一歌集『水中で口笛』(工藤玲音名義)、小説『氷柱の声』、絵本『あんまりすてきだったから』が次々と出版されるなど、注目度はうなぎ上りだ。

 そんなくどうれいんさんの最新エッセイ集『虎のたましい人魚の涙』がこのたび発売に。インタビューは、芥川賞候補になったとき結果の電話を待っていた場所だったという講談社最上階の応接室で行われた。

残業後にびっくりドンキーで書き続けた日々

 「候補に入るって、想像以上に“お祭り”なんだなあって。およそ1年ぶりに来てみて、電話を待っていた時間のことを少し思い出しました」

 本書は、文芸誌「群像」の連載エッセイ「日日是目分量」の約2年分に、書き下ろしを1本加えてまとめたもの。

「『わたしを空腹にしないほうがいい』を出したときにも、『うたうおばけ』を出したときにも『これが作家人生のスタートだ』とはまったく思っていませんでした。むしろ毎回『これが最後かもしれない』くらいの気持ち。だからテーマも絞って全力で書いていました。今思えば、これまでは結構“キメ顔”的なエッセイが多かった。書いていたのがちょうど大学生や社会人になった1、2年目の時期なので、やることなすこと全部新鮮で、エピソードもいちいち濃い。思い切り振りかぶって投げていた感じでした。ただ、『うたうおばけ』を出したころかな、『もしかすると、書くことが仕事になっていくかもしれない』とも思うようになったんですね。『日日是目分量』は、そういうタイミングでいただいた連載依頼だったので、やっと、少し肩の力を抜いて書こうと思えるようになりました」

 本書には、きちんと「はかる」ことが苦手な自身を振り返ってみた「目分量の日々」や、冬の季語でもある冬に生き残っている元気のない〈冬の蠅〉を観察し、愛着を綴る「蠅を飼う」、キーボード使うたびに後戻りができないもやもやを思い知る「バックスペースキーがとれた」など、23あるエッセイは、仲良しの友だちの隣で他愛ない話を聞いているような楽しさがある。

「連載は今も続いていますが、基本的に、書くことは毎月いくつもあって迷うほどで、追い立てられてしんどいという思いはしていないです。というか、「日日是目分量」を書いている時間がめちゃくちゃ楽しかったんですよ。残業後に、郊外のびっくりドンキーまで車を走らせて。周囲は結婚や出産のフェーズに入っているけれど、私自身は『人生どうなるか全然わかんなくなってきた。でも書くのが楽しいからとりあえず大丈夫か』みたいに、書きながら揺れていたんです。深夜10時半とか11時に」

2022.10.04(火)
文=三浦天紗子
写真=平松市聖