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 山形県の庄内地方、鶴岡市の「アル・ケッチァーノ」といえば、言わずと知れた地方レストランの雄。2000年に誕生した鶴岡本店が2022年7月、同市内に移転。アカデミー、ファクトリー機能を備えた、庄内の未来をつなぐレストランとして新たなスタートを切りました。奥田政行シェフは新天地で何をしようとしているのか。その新たな挑戦を前篇、後篇と2回にわたってレポート。まずは、より純度を高めたレストランの魅力をご紹介します。


広大な敷地を贅沢に使った新店舗

 2000年のオープン以来、庄内の豊かな食材を全面に打ち出した料理で人気を博してきた、「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフ。今でこそ、特定のレストランを第一目的とした旅は珍しくありませんが、その潮流をつくりだした立役者のひとりです。

 今年2022年7月、「アル・ケッチァーノ 鶴岡本店」は、同市内に移転。「庄内で、その日その時手に入る食材をありったけ集めて、最高の料理を作る」という基本コンセプトはそのままに、よりスケールアップした、これまでにないレストランが誕生しました。

 6000平方メートルの広大な敷地には、周囲の自然にしっくりとなじむアースカラーの建物が2棟、その手前に広々とした駐車場(その理由は次回の記事にて)。移転前の「アル・ケッチァーノ」を知っている人なら、「本当にここ?」と思うであろう、大胆なイメージチェンジです。

満月の日は、照明を落として月明かりでディナー

「本店の建物が老朽化していたこともあり、土地自体は10年以上前に購入していました。それが、東日本大震災やコロナ禍でその都度、移転計画が遅れ……でも、結果的にはいいタイミングで移転できたと思います。コロナ禍で他の直営店やプロデュース店は厳しい状況が続きましたが、移転後に本店の売上が倍増したおかげで、何とかカバーすることができた。僕の人生、だいたい帳尻が合うようになってるんです(笑)」(奥田シェフ)

 建物の向こうは、見渡す限りの田んぼと、霊峰・月山。ダイニングの大きな窓からも、庄内らしいのどかな風景を望むことができます。「満月の夜は照明を落とし、月明かりでディナーを楽しんでいただけます。屋根の角度や窓も、月明かりが入るように設計してもらったんですよ」。宵闇からゆっくりと月がのぼり、山の稜線をなぞるようにわたっていく様を眺めながらのディナーなんて、考えただけでもウットリ。こうした奥田シェフならではのアイディアが、レストランの随所に散りばめられています。

自給率140%を誇る山形の豊かな食材を多彩に表現

 料理は、約40軒の生産者から直接届く野菜をはじめ、地魚、季節によっては採れたての山菜やきのこなど、庄内産の食材をふんだんに使ったコース。

「店名のアル・ケッチァーノは、『(ここに全部)あるからね』という意味。わざわざ遠くから取り寄せなくても、最高においしい食材はここにあるんです。庄内は、四季のメリハリがあり、山、川、海、砂丘もある、多様な農業に向いたエリア。加えて、地理的に不便な場所だったから大量消費用の慣行農業がさほど発展せず、農家は、地元消費用に従来の在来種の野菜を育て続けた。今も約60種類の在来種が栽培されています。沿岸部には新品種を開発する施設もあるし、見ての通り、おいしい米もある。獲れる魚介は140種類近く、牛、豚、羊、家禽などの畜産も盛んです」

 近年、問題視されている食料自給率も、山形県は140%以上(2019年度/カロリーベース)で全国3位。本質的にポテンシャルの高い土地なのです。

庄内の野菜、魚介はフレンチよりイタリアンが合うと思いスタート

 ホテルのフレンチで料理長を務めた経験もある奥田シェフが、独立開業するにあたってイタリアンを選んだのも、庄内の素材ありきだったとか。

「庄内の野菜は香りがよくみずみずしいものが多いから、フレンチのソースを合わせるより、オイルと塩で仕上げるほうが個性を活かせる。庄内の魚介は、庄内の水と塩で調理すれば、本来の香りや旨みを引き出すことができる。だからフレンチで言うクールブイヨン(編注:主に魚介を茹でるときに使う洋風だし)は必要ない。シンプルなイタリアンの調理法のほうが合っていると思いました。実際は、フレンチやイタリアンといったジャンルにとらわれない創作料理なんだけど、そう書くと当時のハローページでは居酒屋のページに入れられちゃうから、イタリアンということにしたんです」

 移転オープンにあたって、コース内容も刷新したという奥田シェフ。さて、その料理とは――?

2022.09.24(土)
文=伊藤由起
写真=橋本 篤