寂しさは怒りに変わることを共感できた

 レディバッグが奪還を命じられたブリーフケースを巡り、幾人もの悪党たちによって、列車内で衝突が同時多発的に勃発する。そんな中でプリンスの初登場シーンは、自分を“単なる女の子”と信じ込んだ悪党に向かって吐き捨てる、「私だよ!」という一言。そうした序盤の短いセリフたちは、一瞬の表現力を問われる、より難易度が高いセリフと言えるだろう。

「その辺の序盤はまだ掴み切れず、“これでいいのかな!?”と思いながらやっていたんです。中盤で“これでいいんだ!”と分かってからは一気に録っていきましたが……。自分でも良かったと思えた後半が終わってから、前半部分を、実はもう一度録り直しさせて頂いたんです」

 プリンスという役を掴んでからは、狡猾で悪魔のような彼女の“豹変”を大いに楽しんだようだ。

「レディバッグが列車を降りようとした時に、プリンスがバッグの紐が引っ掛かって“降りられない、降りられない!!”と言う一連のシーンは、面白かったですね。レディバッグが列車に戻った瞬間、“あ、取れた”とコロッと変わる感じが(笑)。彼女にレディバッグが騙されているということを、どう分かりやすく表現するかを考えながら当てましたが、完成した映画を観たら、見事に成立していたので良かったです!」

 なぜプリンスが悪魔のようになったのか――。そこには父親に対する愛憎が渦巻く。情念のドラマが潜む。

 幼少期から親の愛を受けられなかった彼女は、悲しいとか怒りを通り越して、もう感情が麻痺しちゃっているんでしょうね。でも多分、映画を観る多くの方々も、そういう感情って大なり小なり持ったことがあるんじゃないかな、とも思いました」

 さて、本作を経て“声だけの演技”を深堀したくなったのでは、と水を向けると、速攻で否定する。

「まだ自分の声に対するコンプレックスが拭いきれていないので、欲が沸いてこないです。吹替版を観ていた時もプリンスが出てくると、“うわ、来る~”って、恥ずかしくて観ていられなかった(笑)」と苦笑い。

「出演する仕事は自分で選んで判断する」

 観客としてはアクション映画好きの山本さんらしく、「本作のアクションシーンで結構、好きなシーンがあって、つい興奮しました!」と嬉しそうにシーンを挙げる。

「終盤、レディバグがスローで飛んでいる一連のシーン。そこにフラッシュバックが入ったりしながら飛んでいく、その撮り方が面白いな、と」


「全編通して細々としたお芝居が、すごくステキでした。技術も映像も、俳優の方たちの“この作品に掛けている”という表現力も、ハリウッドはやっぱり違うなぁ、と。すべてがパーフェクトでした」

 同時に本作は、吹替版も見応えたっぷりだと太鼓判を押す。

「タンジェリンとレモンという殺し屋兄弟が出て来るのですが、そのやり取りも“面白過ぎだろ!”という感じ。みかんを吹替えた津田健次郎さんの声が、本当にセクシーでゾクッとしました。私、『呪術廻戦』のファンで、元々津田さんが大好きなんです。好きな声優さんが出ていると、なお面白く感じますよね。本作は吹替版もおススメです。ふわちゃんも、こんな低い声でこんなお芝居をするんだ、と驚きましたし、マリア役の米倉涼子さんの声もカッコ良くてびっくりしました!」

 キャリアも11年目に入り、益々活躍の場を広げている山本さん。本作をはじめ、作品選びは「自分で判断をしている」と語る。

「20歳くらいだったかな、“楽しいな。この仕事をしっかりやっていこう”という気持ちが芽生えてからは、自分で選んでいます。気力と体力を見て、ちゃんと向かい合えると思えば、基本的には受ける方向でいます。でも中途半端になるくらいなら、止めた方がいいと判断します」

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山本舞香(やまもと・まいか)

1997年生まれ、鳥取県出身。特技は空手。2011「それでも、生きてゆく」で女優デビュー。映画初主演を果たした『桜ノ雨』は、第28回東京国際映画祭でプレミア上映された。

『ブレット・トレイン』(原題: BULLET TRAIN)

原作:伊坂幸太郎「マリアビートル」(角川文庫刊)
監督:デヴィッド・リーチ
キャスト:ブラッド・ピット、ジョーイ・キング、アーロン・テイラー=ジョンソン、ブライアン・タイリー・ヘンリー、アンドリュー・小路、真田広之、マイケル・シャノン、バッド・バニー(ベニート・A・マルティネス・オカシオ)、サンドラ・ブロック
日本語吹替版声優:堀内賢雄(レディバグ)、山本舞香(プリンス)、津田健次郎(タンジェリン)、関智一(レモン)、木村昴(ウルフ)、井上和彦(エルダー)、阪口周平(キムラ)、立川三貴(ホワイト・デス)、フワちゃん(ホーネット)、米倉涼子(マリア)
上映時間:2時間6分
レーティング:R15+
オフィシャルサイト:https://www.bullettrain-movie.jp/

2022.08.30(火)
文=折田千鶴子
写真=平松市聖
ヘアメイク=KUBOKI(Three PEACE)
スタイリスト=津野真吾(impiger)