エメラルド色のアラコル湖とマーモット
出発して5時間、ついに湖に到着しました。
目の前には見たことのない光景が現れました。アラコル湖。エメラルド色というのはこのことかと思うほど綺麗で鮮明な色。湖を見た瞬間、大変な山道を歩き切ったからなのかわからないけど、涙が止まりませんでした。
アラコル湖の美しさに感動していると「どう? すごく綺麗でしょう。ぼくたちは子どもの頃から何回も来ているけど、ここに来るととても心が和らぐ。来るのは大変だけどね」とチングスとエミルが笑いました。
アラコル湖を見ながら私たちは昼ごはんを食べることにして、集落のお父さんから買った袋を開けました。昼ごはんはトマトときゅうり、自家製のハムと果物。普段東京で食べているご飯やお弁当に比べるとシンプルだったけど、とてもおいしかったです。
考えてみればキルギスに来てずっと体の調子が良かったことに気づきました。電波もなく暗くなったら携帯をいじらず寝ていたし、ご飯も自家製が多くシンプルで素朴な味付けだし、食材は貴重なので食べ過ぎたりせず、必要な分だけを大切に食べる。そしてそれをエネルギーとしてたくさん動く。
アイスクリームやケーキはないけど歩く途中で見つけた野イチゴや果物をおやつで食べたり、水は山道で綺麗な川を見つけた時、持っているボトルに入れてそれを飲む。とても原始的でシンプルな生活だったけど、体も頭も軽く、ずっとエネルギーに満ち溢れていました。
ここに来る前はいろんなことが頭にあったけど、この短い間の山の生活の全てはとてもシンプルです。危ないことも沢山あるけど、素直に喜んだり悲しんだりを感じることができました。
「そろそろ歩こう!」とチングスと話して私たちはまた歩きはじめました。
「あ! あっちを見て!」と今まであんまり喋らなかったエミルが興奮して湖周りの岩を指差すので、見てみるとカピバラみたいな野生動物が気持ちよさそうに日なたぼっこをしていました。
「すごくかわいいねー!」とエミルに言うと、「あれはマーモットと言うんだよ! マーモットは、丸焼きにするのが一番おいしいよ」と言いました。
小学生みたいに雪で遊んだ私たち
富士山と同じくらいの標高約4,000メートルの山だからか、一番上の方は雪が積もっていました。一日で暑かったり寒かったりを繰り返し、雪を見たり芝生を見たり。
不思議だなと思っていると頭の後ろに冷たい何かがあたって、振り返るとチングスとエミルが雪玉を作りながらこっちを見てニヤッと笑いました。雪を見たとき思うことはどこの国も一緒なのか! 私たちは小学生みたいに雪で遊びながら山を下りていきました。
今までの登り道とは違って、下り道が続いている帰りはとても早く足も楽でした。
帰り道チングスは少し道に迷い、芝生とたくさんの牛たちがいるおどき話に出てくるような小さな木の家に入り込みました。
牛たちがいる間を縫って、小屋までいくと、子どものときに読んだおとぎ話に出てくるようなおじいちゃんとおばあちゃんが現れました。おじいちゃんは孫と木を切っていて、おばあちゃんは搾りたてのミルクでチーズやバターを作っていました。
チングスがおじいちゃんに道を尋ねている間に、おばあちゃんが私とエミルに「味見してみる?」と言ってバターミルクをカップに入れてくれました。出来立てのバターミルクを飲むのは初めてだったけど、とってもフレッシュで甘みがあっておいしかった!
チングスがもう行こうと手を振ってきたので、おばあちゃんにお礼を言うと、おばあちゃんはやさしく笑って手を振ってくれました。
「この山を越えると泊まれる所があるみたい。大きな集落みたいよ」とチングスが楽しそうに言いました。
歩き続けるとポツポツとユルトや牛や馬小屋が見えてきました。その中で一番大きな家を尋ねると中から綺麗なお姉さんが出てきました。
「あら! お客さん?」お姉さんは私たちの土や草だらけになっている靴と服装を見て、笑って「私はエリサ、あなたたち、山を越えて来たの? 疲れてるでしょう? お腹は空いてない?」と言いました。ストーブで温めたお茶を入れてくれたり、スープやパン、山の木の実で作ったジャム、出来立てのバター、蜂蜜などを持って来てくれました。昼は寒い山の中できゅうりとトマトだったからか、スープを飲むと体が一気に温まり幸せな気持ちになって眠くなりました。
「ここに泊まるでしょ? 部屋もあるし、テントも用意できるけど。昨日まで泊まっていたお客さんが出たばかりで、いまちょうど暖かい部屋があるのよ」とエリサお姉さんは部屋を見せてくれました。ここは大きな集落で、この日は私たちみたいなトレッキングの人たちも何人かいるみたいでした。
木の家はユルトよりとっても暖かく、疲れていたせいもあり、うとうと2時間くらいお昼寝をしてしまいました。目が覚めて部屋から出てみると大きな食卓で何人かがお茶を飲んでいました。彼らはまだ寝ぼけている私を見て笑って「おはよう。お茶はどう?」と温かいお茶を入れてくれました。ノルウェーから来ている夫婦、エストニアから来てる男の子、エリサお姉さん。後からチングスとエミルも来てみんなでお互いが越えて来た山道の話をして盛り上がりました。川も越えて岩や砂利道を歩き続けたこと、出合った野生の動物や植物のこと。暖炉を囲んでみんなで話して幸せな気持ちでした。
白くてクリームのような出来立てバター
次の朝、疲れていてなかなか起きられなかった私は、目を開けるより先に鼻をあけました。「おいしい匂いがする……」部屋から出るとエリサお姉さんが朝ごはんを用意してくれていました。
エリサお姉さんの作った、外はカリッと中はフワッと温かくて柔らかい焼きたてパンに、白くてクリームのようなバターをたっぷり塗って食べると、甘くて、まろやかで幸せな気持ちになりました。さらにそこにキルギスで有名な白い蜂蜜をつけて食べると口と鼻の中がいろんなお花のやさしい香りで、おいしい……。感激して目を閉じて食べているとお姉さんが嬉しそうに笑いました。
食後は荷物をまとめて街に戻る準備をしました。木の家で会ったみんなに挨拶をして、エリサお姉さんにもお礼を言っていると、お姉さんはにこっと笑って私に袋をひとつ渡しながら「あなた、これが好きなんでしょう?」。袋を開けると中には瓶が入っていて、エリサお姉さんの作った出来立てバターが入っていました。とても嬉しかった。お姉さんは「またここに遊びに来てね、ベック」と言ってくれました。
初めて会ったけど丁寧に温かい料理を出してくれたり、山から下りてきた私たちが寒くないかずっと部屋の中の温度を気にしてくれたり、とてもやさしいエリサお姉さん。山の旅は大変だったけど出会った人々はみんなやさしく、これはおとぎ話だったんじゃないかなと思うくらいでした。
歩いているとやがて山道が終わって街になってきました。帰りの道はほんとに早く感じました。
グルジャンおばさんのおうちに着きベルを鳴らすと、おばさんが出てきて「無事に帰ってこれてよかった!」とよろこんで出迎えてくれ、ソファに座って私たちの旅の話を聞いてくれました。
話しているとアデルも来て、目をキラキラさせながら話を聞いてくれました。最初は照れて目も合わせてくれなかったエミルも、私たちの雪遊びのことを話しながら沢山笑って、とても楽しかったと言ってくれました。
おいしい匂いがするキッチンに行くと、グルジャンおばさんは私たちのためにミートソースのスパゲッティを山盛りに作ってくれました。私たちは子どもの頃に、外で友達と遊んできた後みたいに、おなかいっぱいになるまでスパゲッティを食べて、部屋に戻りぐっすりと眠りました。
【次回につづく】
ベックの一人旅行記
魅惑の国【キルギス】を知っていますか?
2021.05.25(火)
文・写真=ベック
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