遊牧民のユルトに宿泊、全裸で水浴び

 野イチゴで元気になった私たちはまた歩き始めました。

 1時間半くらい歩いているとチングスが「いたいた!」と走り始めました。ついていくと小さい集落に遊牧民族の姿が見えました。

 チングスがキルギス語で私たちの寝るところやご飯を交渉してくれました。遊牧民族一家の少女アミナは外国人の私を不思議そうにチラチラと見ていて、目が合うと照れながら笑ってくれました。

 日が暮れて少し暗くなると、アミナのお母さんが、彼らが住んでいるユルトという伝統的なテントの中にさそってくれました。中に入ると焼きたてのパンと山で取れた蜂蜜、スープが用意されていました。スープはミネストローネのような味でした。素朴な夕飯だったけれど全部が新鮮でとても美味しかったです。

 ご飯を食べ終えるとアミナが私の手を引っ張り、見せたいものがあると外に連れ出しました。そこにはアミナが世話をしている大きな鷹がいて、アミナは鷹への餌のあげ方を教えてくれました。小さな生の肉の塊をあげると、大きな鷹は慣れた様子でごくごく飲み込んでいく。

 「よく食べるね」と言うと、アミナはキルギスでは昔から鷹狩が行われていて、鷹狩の大会や大きな鷹市場もあることを教えてくれました。

 鷹は私が家で飼っている甘えん坊のオカメインコとはちがって、ライオンのような姿勢でじーっと私たちを睨み付けているようでした。私たちは鷹がお肉を食べる音だけに集中し、食べ終わるまでそれを見ていました。

 一日中歩いて汗もかいたので、アミナに「お風呂はどこか」と聞くと、「あっち」と言われた先は少し離れた川と森でした。びっくりしたけど、「それはそうだな。多分私のご先祖様もこのような生活だったんだろう」と、私は少し離れたところまで行き、誰もいないことを確認して全裸になって川で体を洗いました。森の中での自然のシャワーはドキドキとハラハラでとても楽しいものでした。

 洋服も軽く洗って干していると、半袖でもよかった昼間とは違って、気温が下がり寒くなってきました。出発前にキルギスの本で読んだ、山の激しい気温差のことを考えて持ってきたユニクロのヒートテックを着こみました。

 アミナのお父さんは私が寝られるように小さめのユルトを作ってくれました。木と厚い布でできていて、テントの中は毛布が敷き詰められていて暖かい。

野生のクマとヒョウとの遭遇!?

 夜は寒いからと焚き火をしてくれて、焚き火で温めた牛乳にキルギスの蜂蜜を入れたものをくれました。蜂蜜はキルギスの山の野生の花から取れたものらしく、複雑な香りがして飲んでいると体も温まり眠くなりました。

 あくびをしながら空を見ると月も大きくて、星も落ちてきそうなほどたくさんで綺麗でした。みんな眠くなったようであくびが続き、「また明日ね。おやすみ」と私は自分のユルトに入って暖かい毛布に潜り眠りました。

 1時間くらい経ったのか、強烈な寒さで目が覚めました。高い山の中は、夜は気温がとっても下がって、寒さで歯がぶつかり、息も白くなっていました。毛布の中に潜っても潜っても寒すぎて眠れなくて、万が一のためにと東京から持ってきたカイロを全身に貼りました。手をさすりながら少し待つと熱が体に回って、これでやっと眠れる……と思ったその時、「ドン!!!」と急に何かがテントにぶつかったように揺れました。

 地震!? と思ったけどそれとは違い、まるで巨人が私の寝ているテントを引っ張り上げようとしているような激しい揺れが何回かあってから揺れは止まりました。揺れは止まったけど、恐怖と寒さでこの後は一睡もできませんでした。

 辺りが明るくなり、足音が聞こえ「朝ごはんだよ」とアミナが起こしにきてくれました。

 食卓でみんなが集まり、アミナのお母さんがポリッジのような温かいスープをお皿に入れてくれました。

 チングスが「よく眠れた?」と聞くので「夜、ユルトがすごく揺れて怖かった。みんなは大丈夫だった? ここも地震が起きるの?」と聞くと、「本当に? 私たちのテントにはなにもなかったよ。滅多に見ないけど、この山は野生のクマとヒョウがいるからね……もしかしたら野生動物が歓迎の挨拶をしてくれたんじゃない? 生きていてよかったね」と言って、みんなが笑いました。

 私はやっぱり出発する前に遺言を書くべきだったのかもと思いました。

 朝ごはんを食べ終えるとチングスが「そろそろ出発したほうがいい。まだ越えなきゃいけない山がいくつもあるから」と言いました。私たちはアミナの家族から昼食を買って出発することにしました。

 彼らが食料を保存しているテントに行くと、アミナのお父さんと弟が「これも、これも、これも!」と言いながら自家製ハムやビスケット、生のトマトやきゅうり、杏などを袋いっぱい詰めてくれました。

 アミナのお父さんは私の肩を叩きながら「ここから大変な道になるからいっぱい食べなさい!」と笑顔で私たちを送り出してくれました。大きく手を振ってくれるアミナと家族の集落を後にして私たちは道を進みました。

涙を流しながら滑る山道を四つん這いで進む

 アミナのお父さんが言った通り、ここからの道はこれまでとは違い、人が歩く道というよりはロッククライミングに近い道でした。大きな岩ばかりの狭い道が続き、絶壁みたいな道で足を踏み違えたら本当に死ぬと思いました。

 しかも標高もどんどん高くなってきて酸素が足りなくなっているのか、歩くのも辛くなるほど息が苦しくなっていました。

 5歩あるいて、5分休むことを繰り返して、どうにか岩の山道を乗り越えると、目の前に現れたのはアラコル湖ではなく砂利の山。まるで、砂利でできているシルクロード砂漠みたいな、足を一歩踏み出すと細かい砂利と砂がサーと崩れる滑りまくりの道。

 歯を食いしばって一生懸命歩いていると、突然空が暗くなり雨も降ってきました。足が滑って歩いていてもなかなか前に進まないし、10キロもある重いリュックで体のバランスが取れなくて辛い。

 歩く気力もなくなりペースがさらに遅くなると、チングスが真剣な顔で「雨が強くなる前にこの山を越えないと本当に危ない。転落したり遭難してしまうかもしれない……」と言うので私はとても怖くなりました。

 私、なんでここに来たんだろ。辛すぎてもう歩けないし帰りたい……と思って後ろを振り返ると帰りはさらに長くて滑りやすい道が続いていて、まるで地獄のように見えました。

 私は涙を流しながら、滑る山道を修行のように四つん這いで進んで行きました。もう辛さも麻痺してどうにか前に進んでいるのです。

 上の方から「もう少しだから! 頑張って!」とチングスの声が聞こえました。限界に近くなった震える足をどうにか動かして登り続けました。

2021.05.25(火)
文・写真=ベック