美大出身のタレント、ベックさんは、常に自分が創るアート作品の題材を求める日々を送っています。
時はコロナ禍に入る前、ベックさんは、不思議の国=キルギスに興味をもち、アラコル湖を目的地とした旅に出ました。その顛末をエッセイに綴った第二弾。
キルギスについて、1泊目は首都ビシュケクで過ごし、ステイ先の家族から運よくカラコルに住むグルジャンおばさんを紹介してもらったベックさん。カラコルにたどり着いたベックさんは……。
トムとジェリーみたいな兄弟をガイドに
グルジャンおばさんのおうちに着くと中学生くらいの姪っ子アデルが笑顔で迎えてくれました。
「あなたがベック? おばさんを呼んでくるから少し待っててね。」とアデルは家の中に入っていきました。
少し待っているとアデルと一緒にグルジャンおばさんがきて、「遠かったでしょ? 道は大丈夫だった? あなたの部屋を用意しておいたけど、見てみる?」と私の泊まる部屋をすぐ紹介してくれました。
部屋はとても日当たりが良くて花まで用意されていました。荷物を置いてキッチンに向かい用意してくれたお茶とビスケットを口にしていると「それで、一人で湖に行くんだって?」と、とても心配そうな表情でグルジャンおばさんが聞いてきました。
「一人で行くのは難しいですか?」と尋ねると「行く途中は山の道だからね、初めて行く、ましてや女の子が一人で登るとは聞いたことないわよ。ここの山はたまにヒョウとかクマも出るからね。」
「えっ! ヒョウとかクマがでるの?」
眉間にシワを寄せて考えるグルジャンおばさんは、
「あ! いいことを思いついたわ! 私には甥っ子たちがいるんだけど、彼らはこの村育ちで山道にも詳しいのよ。いまちょうど夏休みで、その子たちに案内してもらうのはどう?」
以前、日本のニュースで山道に迷ってクマに襲われたおじさんのインタビューを読んでいた私は、迷わずおばさんの案に従うことにしました。
「じゃあ、明日の朝、私の家にベックを迎えにきてちょうだい」
電話を切ると、グルジャンおばさんは私にウィンクをして、甥っ子たちと話がついたことを伝えてくれました。
その日は長い移動で疲れ、グルジャンおばさんが作ってくれた夕飯をいただくと、すぐに眠りました。
朝6時。支度をして下に降りてみるとトムとジェリーのような兄弟がいました。
彼らがおばさんの甥っ子たち。
1人は細くて背が高くってトムみたいな兄のチングスで15才。もう1人は少し小さくて丸くてジェリーみたいな弟のエミルで12才。
シャイなエミルは目も合わせてくれません。チングスの「もう出発できる?」と大人びた素振りと頼りになる目つきにつられ「はい!」と妹のように彼に従って家を出ました。
チングス、私、エミルと一列で歩き出した私たちをグルジャンおばさんとアデルが、「ベックー! いってらっしゃいー!!」と姿が見えなくなるまで手を振ってお見送りしてくれました。
翡翠色の川で野生の馬が水を飲む
街から離れて40分ほど歩くと、風景はどんどん森の中に変化していきました。まるで新鮮なキュウリを「パキッ!」とふたつに割った時に香るような緑の匂いがするのです。
空気がおいしいと思いながら歩いていると、チングスが「見て! 馬がたくさんいるよ!」と興奮した様子で走り始めました。
追っかけてみると映画『ロード・オブ・ザ・リング』に出てくるエルフたちの住む町のような光景が目に入りました。
翡翠色の長い川が流れていて、野生の馬が水を飲んだり水遊びをしながら休憩している。その光景に見とれているとチングスから「急がないと今日泊まるところをみつけられなくなるよ!」と言われました。
当然ながら山の中にはホテルも民泊もないので、山で暮らしている遊牧民族を探して、彼らに交渉して泊めてもらうのが一番安全とのこと。
馬の水飲み場から何時間歩いたのか。道の様子が少しずつ変わっていき、柔らかい草の道から砂利の道、岩の道に変わりました。
山の中に三日間滞在する事を考えて荷物を全てまとめたので、10キロほどになっているリュックが、疲れた足にさらに重く感じられました。しかも、どこにいるかもわからない遊牧民族を探して歩くことが不安になり、怖くなってきました。
歩くペースが遅くなった私を見てチングスが「大丈夫?ちょっと休憩する?」と気遣ってくれて少し休憩を取ることにしました。
足を伸ばしていると少し離れたところからチングスが手をブンブン振っていました。そこに行ってみると野イチゴがちらほらなっていたので、ひとつもらい食べてみました。
いつもスーパーで買って食べていたイチゴとは全然違う味がして、酸っぱかったり、少し甘かったり、とても複雑な味。「おいしい!」と言うと、エミルが「ここにもいっぱいあるよ!」
私たちは森の動物にでもなったように、野イチゴを一生懸命探して食べました。
2021.05.25(火)
文・写真=ベック