美大出身のタレント、ベックさんは、常に自分が創るアート作品の題材を求める日々を送っています。

 そんなある日、ベックさんは、不思議の国=キルギスに興味をもち、実際に旅に出ました。その顛末をエッセイに綴った第一弾。

 時は、コロナ禍に陥る前の日本です。


 白くて、ふわふわで大きさは小さめのおにぎりくらいの蝶、名前はアポロ。

 標本屋さんで何気なく手に取ったこの蝶から、私の旅は始まりました。

 私の標本コレクションの全ては、この東日暮里にある創業68年の標本屋さんで買った物です。

 周りに店などない静かな住宅街の雑居ビルの2階。重い鉄の扉を開けるとナフタリンの香りと数千数万の蝶が収められてる木箱が目に飛び込んでくる、まるでハリー・ポッターの杖屋さんのような不思議な空間です。
こちらから質問すれば、お店の人はすごく丁寧に答えてくれるけれど、特に向こうからは話しかけて来ない、図書館のような静かな場所です。

 あの日も気になった蝶をいくつか選んでいました。

 普段は海外に昆虫や蝶を追いかけて飛び回って滅多に会えないお店のお父さんが、私の蝶を箱詰めしてくれたのです。

「どこか知らない国へ行ってみたい」と漠然と思っていた私は、思い切ってお父さんに質問してみることにしました。

「今まで旅をしてきた中で、おすすめの素敵な国はどこですか?」

 お父さんは私が購入した蝶を指差し、

「このアポロという蝶が棲んでいるキルギスは最高でしたよ。自然がとても綺麗で植物も昆虫も豊かで……食べ物もとても美味しい!」

 その国を思いながら話しているお父さんの顔は、とても幸せそうでした。世界中を飛び回っているお父さんがこんな顔になる、キルギスという国は一体どんなところなんだろ……行って見てみたい、と強く思いました。

 標本屋を出て帰り道の本屋さんに立ち寄って、さっそくキルギスへの行き方を調べました。情報はなかなか無く、あってもカザフスタンとその周辺の国シリーズの中にたった3ページほど書かれている物しかありません。

 それで分かったことはといえば……

「キルギス共和国、通称キルギスは中央アジアに位置する共和制国家で、首都はビシュケク。言語はロシア語とキルギス語が使われている」

 ことくらい。

 帰宅後早速チケットを調べると、ロシアと中国経由があり、最短で取れたのが1週間後の中国経由のチケットでした。

 この慌てて取ったチケットのおかげで、後で大変な思いをすることになってしまいました。

2021.04.26(月)
文・写真=ベック