「少林サッカー」の監督に似たタクシーのおじさん

 ビシュケクに着いたものの、宿泊先までは車で1時間半との表示。タクシーはなんだか怖いし、バスで行こうと調べていたら次のバスまでは2時間待ち。

 どうしようと悩んでる私の背後から「マドモワゼール!」と野太い男の人の声が。

 振り返ると、そこにはいかにも怪しい大きなサングラスをした個人タクシーの客引きのおじさんがたっていました。

 絶対悪い人に見えるし、「怖い怖い」とトイレに逃げ込んで30分。もういないだろうと思って恐る恐る出てみたら、トイレの目の前のベンチでさっきのおじさんが座って私を待っているではありませんか。

「マドモワゼール! 心配したじゃないかー、ここは危ないんだよ!」

「どう見てもこの人が一番危ない」と思いましたが、怖すぎて逃げることができず、しょうがないと腹をくくってそのタクシーに乗り込みました。

 住所を伝えるとタクシーが走り出しました。私にできることは、最悪なケースも考えてこのサングラスおじさんの顔を覚えることだけでした。

 少し落ち着いてくると、このおじさんだれかに似てる……どこかで見たことあるような顔だと気づきました。香港映画『少林サッカー』のデビルチームの監督! あの人にそっくりだ!

 中学生の時にその映画を見てから大分時間が経っているからぼんやりしているけど、かなりひどい悪党だったと思うと、やっぱりこのタクシー乗っちゃいけなかったのかも……。

「女の子ひとりは危ないよ」と言っていた両親、標本屋のお母さんの顔が走馬灯のように浮かびました。

コーラのような泡が浮いている麦茶

 怖い……怖すぎて沈黙していると、デビルチームの監督、サングラスおじさんから「マドモワゼル、大丈夫か?  顔色悪いぞー。まぁまぁ、キルギスは初めて? この国、暑いのよー」と窓を開けてくれました。

 目的地まではまだ遠そうだし、ちゃんと向かっているのかもわからなくて私の顔色がどんどん悪くなっていく。

 「キーッ」と突然車が止まり、サングラスおじさんは道端のドラム缶が置いてるところに歩いて行きました。

 「わたし、売られちゃうのかも、荷物を取られちゃうのかも」と思った瞬間、「はいこれ」とおじさんが飲み物を持って車に帰ってきました。

 白いプラスチックに入ったコーラのような泡が浮いている麦茶のような飲み物。口に含むと、飲んだことのない不思議な味。暑すぎるキルギスの気候にとてもあう、清涼感のある飲み物。味は酸味のある少し炭酸気味の麦茶のようです。

 後で調べてみると、この飲み物はショーロというキルギスの伝統的な飲み物らしく、大麦を発酵して作られていて、ミネラルも豊富で夏はみんな麦茶のように飲んでいるみたい。

 おいしくてごくごく飲んでいると、おじさんは喜んで「よかった! じゃ行こうか!」と笑って、私を目的地に連れて行ってくれるのでした。私は流れで飲んでしまったのですが、みなさん海外での見知らぬ人に飲み物をもらった場合、口にするには気をつけてくださいね!

 キルギスの夏は40度近くまで気温が上がってしまうので、気候に慣れない観光客は体調を崩したりすること、このショーロを飲むといいこと、私が来た国や年齢のことなどおじさんといろんな話をしていると、あっという間に目的地に着きました。

 サングラスおじさんは「女の子ひとりなんだから気をつけなさいー!」といって通常の3倍の料金を私から取って、さっさと次のところに行ってしまいました。

2021.04.26(月)
文・写真=ベック