vol.30 名古屋
![](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/b/4/-/img_b48373072fef67d79f5b5c8c761a6a7397772.jpg)
8371番目の夜だった。
閑静な住宅街の中で灯りを落とし、ひっそりと営む店は、35年目を越え、毎日手書きされる品書きは、8371回目を迎えていた。
「いらっしゃいませ」
いつものように上品な奥さんと優しい目をしたご主人が挨拶する。
流麗な字で書かれた品書きに目を走らせる。
「どれも頼みたい」
この店に来るたびにそう思う。
![](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/7/a/-/img_7aa89f07438c9aeca89d0622c69c7e0d84263.jpg)
ヒラメは細く薄切りにされ、くるくると巻いて品のある甘みを噛みしめる。
![](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/d/7/-/img_d7d58adb09a0acb739bae72c4bdc750273097.jpg)
縦長でやや太く作られたタチウオは、歯が包まれながら、じれったいような甘みがにじみ出る。スミイカは、厚く四角く、歯に吸いつくような甘みを楽しめる。
![](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/a/5/-/img_a586ae6972519114f944886b9339a43281794.jpg)
数の子松前漬けは、煎ったばかりのゴマと、細く細く同寸に切られた昆布と人参が、味を生かしている。
![](https://crea.ismcdn.jp/mwimgs/3/f/-/img_3f0a053fe490522684c569df6e187f4195227.jpg)
サザエとゲソ、ウド、菜の花の酢みそは、あたりがピタリと決まって、酒を呼ぶ。
その料理も注文してから作られる。下ごしらえはしていない。だからすべての料理から、食材の香りが生き生きと放たれる。
煎ったばかりの浸し豆は、香ばしい干し虎豆で、クリッと噛めば、歯が喜ぶ。
2018.04.30(月)
文・撮影=マッキー牧元