写真を手段に用いた
「本物の表現」への驚き

家族や女性のあり方を写真で問い続けて四半世紀。長島有里枝の歩みを過去作と現在進行形の作品で丸ごと観る個展。徹底してパーソナルなことに目を向けると、普遍的なテーマに手が届くと実感させられる展示。《わたしたちの部屋(朝)》〈SWISS〉より 2007年 発色現像方式印画 東京都写真美術館蔵

 それは、とてつもなく大きな衝撃だった。

 1990年代のこと。写真を表現手段に用いて、長島有里枝というアーティストが突如現れた。彼女はセルフヌードや、家族・友人たちの飾らぬ姿を収めたスナップショットを立て続けに発表。そんなモチーフで表現をする人は、それまで日本にいなかった。誰もが驚き、反響は写真界やアート界に留まらず、時代を映すニュースとして取り上げられた。そう、一つの社会現象になったのだ。

 始まりは1993年だった。美大在学中に、美術公募展『アーバナート#2』で賞を獲りデビューした。作品は、自身の家族が全裸でポーズをとる家族ヌード。その後、写真集をいくつも刊行する。『YURIE NAGASHIMA』は、ストリッパーに扮したりと扇情的なポーズをとるセルフポートレート。『empty white room』では、ともに遊び歩く友人たちの姿を撮った。

 若い女性が写真で赤裸々な私生活を晒している! 作品は世間のそんな興味を刺激し、一般メディアで多数取り上げられた。蜷川実花ら同世代の女性写真家の活躍もあって、にわかに巻き起こった「ガーリー・フォト」ブームの中心人物と目された。

 そんな世の中の喧騒とは距離を置きながら、本人はその後も作品を生み続ける。ともに暮らした男性を撮り続けた『not six』。他人同士を並べて記念撮影風に撮る「family portrait」シリーズ。スイスに滞在したときの様子をカメラで収めた『SWISS』。自分が築いた家庭の中を改めて撮った『家庭について/about home』などなど。着々と歩を進めてきた。

 現在の作品とともに、キャリアのあらゆる時期の写真を一堂に観られる機会が巡ってきた。東京都写真美術館での『長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。』だ。

左:《Self-Portrait(Brother #34)》1993年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵
右:《Tank Girl》 1994年 発色現像方式印画 作家蔵

 通覧すると、彼女がいつだって虚勢などとは無縁に、徹底して生活に根ざした写真を撮ってきたことがわかる。カメラを構える動機は、きっとシンプルな問いにある。「家族って何だろう」「パートナーという存在とは」、身の回りの関係や出来事がいちいち気に留まる。その疑問を解消したり、成り立ちを確認するために、カメラを持ち出して写真を撮る。

 そのために機材を選択し、画面構成を考え、ときに身体を張って答えを探してきた。その経過報告が彼女の作品である。

 気まぐれで好きなように撮り、「私の生活、見て見て!」とはしゃぐ写真なんかでは決してない。90年代に彼女がもたらした衝撃は、写真で「本物の表現」が行なわれ始めたことへの驚きだったのだと、改めて思う。

『長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。』
会場 東京都写真美術館(東京・恵比寿)
会期 2017年9月30日(土)~11月26日(日)
料金 一般800円(税込)ほか
電話番号 03-3280-0099
https://topmuseum.jp/

2017.09.23(土)
文=山内宏泰

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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